大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 昭和62年(ワ)722号 判決 1997年7月15日

A・B事件原告(以下「原告」という。)

川越英真

右訴訟代理人弁護士

清藤恭雄

馬場亨

富澤秀行

A・B事件被告(以下「被告法人」という。)

学校法人栴檀学園

右代表者理事

伊藤襄爾

A・B事件被告(以下「被告佐々木」という。)

佐々木一雄

A事件被告(以下「被告萩野」という。)

萩野浩基

A事件被告(以下「被告大竹」という。)

大竹榮

右被告ら訴訟代理人弁護士

佐藤裕

犬飼健郎

主文

一  原告と被告法人との間において、原告が被告法人に対する雇用契約上の地位を有することを確認する。

二  被告法人は、原告に対し、別紙1ないし7及び9の「認容金額」欄記載の各金員の合計である金四八〇七万三〇〇二円並びに右各金員に対する同別紙の「支払日」欄記載の日の各翌日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告法人は、原告に対し、平成八年二月から本判決確定の日まで、毎月二一日限り金四八万八六〇八円、毎年三月一五日限り金四三万三六〇〇円、毎年六月一五日限り金九五万三九二〇円、毎年八月二一日限り金一一万四四〇二円及び毎年一二月一五日限り金一三八万七五二〇円を支払え。

四  原告の被告法人に対する本判決確定の日の翌日から毎月二一日限り金五〇万二四六八円、毎年三月一五日限り金四三万三六〇〇円、毎年六月一五日限り金一〇八万四〇〇〇円、毎年八月二一日限り金一一万四四〇二円及び毎年一二月一五日限り金一五一万七六〇〇円の支払請求にかかる訴え、原告と被告法人及び被告佐々木との間における、原告が東北福祉大学の教授会の構成員であることの確認請求にかかる訴え、及び、原告と被告佐々木との間における、原告が東北福祉大学において別紙担当講義目録記載の各講義及び演習を行う地位を有することの確認請求にかかる訴えをいずれも却下する。

五  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は、A事件及びB事件について、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告法人の負担とする。

七  この判決は、第二及び三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

【A事件】

一  請求の趣旨

1 原告と被告法人との間において、原告が被告法人に対する雇用契約上の地位を有することを確認する。

2 被告法人は、原告に対し、別紙<略、以下同じ>1ないし7及び9の「合計金額」欄記載の各金員並びに別紙10の「研究費」欄記載の各金員の合計である金五一七三万八三九二円並びに右各金員に対する同別紙の「支払日」欄記載の日の各翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 被告法人は、原告に対し、平成八年二月以降、毎月二一日限り金五〇万二四六八円、毎年三月一五日限り金四三万三六〇〇円、毎年六月一五日限り金一〇八万四〇〇〇円、毎年八月二一日限り金一一万四四〇二円、毎年一二月一五日限り金一五一万七六〇〇円及び毎年一二月二八日限り金二二万円の各金員を支払え。

4 被告佐々木は、原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成二年五月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5 被告萩野及び同大竹は、原告に対し、各自、金二〇〇万円及びこれに対する平成二年五月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

6 訴訟費用は被告らの負担とする。

7 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行免脱宣言

【B事件】

一  請求の趣旨

1 原告と被告法人及び同佐々木との間において、原告が東北福祉大学の教授会の構成員であることを確認する。

2 被告法人及び同佐々木は、原告が前項の教授会に出席し議案の審議に参加することを妨害してはならない。

3 原告と被告法人及び同佐々木との間において、原告が東北福祉大学において別紙担当講義目録記載の各講義及び演習を行う地位を有することを確認する。

4 被告法人及び同佐々木は、原告が前項の各講義及び演習を行うことを妨害してはならない。

5 被告法人は、原告に対し、別紙11の「不足金額」欄記載の各金員の合計である金五五万六六八〇円及び右各金員に対する同別紙の「支払日」欄記載の日の各翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

6 被告法人及び同佐々木は、原告に対し、各自、金一五〇万円及びこれに対する昭和六二年七月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

7 被告法人は、原告に対し、東北福祉大学の学長の名で、同大学の教授会の席上において、別紙陳謝文目録記載の陳謝文を読み上げて、陳謝せよ。

8 訴訟費用は被告らの負担とする。

9 第5及び6項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する本案前の答弁

1 請求の趣旨第1ないし4項の請求をいずれも却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

三  請求の趣旨に対する本案の答弁

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

【A・B事件】

一  請求原因(当事者の基本的地位)

1 原告は、昭和五五年三月、東北大学大学院文学研究科博士課程(印度学・仏教史専攻)を満期退学し、同年四月、東北大学文学部助手に採用され、昭和五八年四月、東北福祉大学(以下「本件大学」という。)の非常勤講師に採用され、昭和五九年四月、本件大学の専任講師に採用されたものである。

2 被告法人は、仏教の教義及び曹洞宗の精神に基づき、教育基本法に従って学校を設立することを目的とする学校法人であり、仙台市青葉区<以下、略>に本件大学を設立して、その経営に当たっているものである。

3 被告佐々木は、昭和六一年一二月一日、被告法人の理事及び本件大学の学長に就任し、平成六年六月三〇日、本件大学の学長を辞任し、同年七月一日、本件大学の顧問に就任し、平成八年四月一日、被告法人の理事を辞任して、現在に至っているものである。

4 被告萩野は、昭和五六年四月、被告法人の理事及び本件大学の学長補佐に就任し、平成六年六月三〇日、本件大学の学長に就任して、現在に至っているものである。

5 被告大竹は、昭和五六年四月、本件大学の総務部長に就任し、昭和六三年五月、被告法人の理事に就任して、現在に至っているものである。

二  請求原因(当事者の基本的地位)に対する認否

請求原因事実(当事者の基本的地位)はすべて認める。

【A事件】

一  請求原因

1 原告に対する懲戒解雇

本件大学の教授会は、平成元年一二月一三日、原告を懲戒解雇することに賛成する旨の決議をし、被告法人は、平成二年一月一七日、就業規則違反を理由に、原告を懲戒解雇した(以下「本件懲戒解雇」という。)。

2 被告法人に対する賃金支払請求

本件懲戒解雇は、後記のとおり無効であるから、原告は、被告法人に対して、本件懲戒解雇以降の賃金支払請求権を有する。

被告法人は、本件大学の教員らに対して、以下のとおり、各種の名目で賃金を支払うこととなっている。これによれば、被告法人が原告に対して支払うべき賃金の額は、本件懲戒解雇以降平成八年一月までの間においては、別紙1ないし7及び9の「合計金額」欄並びに別紙10の「研究費」欄記載のとおりであり(右賃金の支払日は、右各別紙の「支払日」欄記載のとおりである)、平成八年二月以降においては、毎月二一日限り五〇万二四六八円、毎年三月一五日限り四三万三六〇〇円、毎年六月一五日限り一〇八万四〇〇〇円、毎年八月二一日限り一一万四四〇二円、毎年一二月一五日限り一五一万七六〇〇円及び毎年一二月二八日限り二二万円である。

(一) 被告法人は、本件大学の教員らに対し、毎月二一日、基本給として一定の金員を支払っている。基本給は、本件大学の教員らの賃金に当たる。被告法人は、原告に対し、本件懲戒解雇当時、基本給として、毎月三三万二九〇〇円の金員を支払っていた。被告法人においては、基本給について、毎年四月に昇級することを例としており、右昇級の例によれば、被告法人が原告に対して支払うべき基本給の具体的な金額は、本件懲戒解雇以降平成八年一月までの間においては、別紙1ないし7の「基本給」欄記載のとおりであり、平成八年二月以降においては、毎月二一日限り四三万三六〇〇円である。

(二) 被告法人は、本件大学の教員らに対し、期末手当として、毎年三月一五日に、基本給の一か月分、六月一五日に基本給の一・九か月分、一二月一五日に基本給の二・九か月分の金員を支払っている。期末手当は、本件大学の教員らの賃金に当たる。被告法人が原告に対して支払うべき期末手当の具体的な金額は、本件懲戒解雇以降平成八年一月までの間においては、別紙9の「期末手当」欄記載のとおりであり、平成八年二月以降においては、毎年三月一五日限り四三万三六〇〇円、毎年六月一五日限り八二万三八四〇円及び毎年一二月一五日限り一二五万七四四〇円である。

(三) 被告法人の給与規程には、勤勉手当は一・二か月分とする旨の定めがあり、被告法人は、本件大学の教員らに対し、勤勉手当として、毎年六月一五日に基本給の〇・六か月分、一二月一五日に基本給の〇・六か月分(合わせて一年当たり基本給の一・二か月分)の金員を支払っている。

本件大学の給与規程一九条によれば、勤勉手当中の〇・六か月分については、勤務成績によって支給する旨の定めがある(右は、一年間を通じてのことであり、夏及び冬の各支給日毎においては、それぞれ基本給の〇・三か月分の金員が、勤務成績による支給の対象となる。)。

しかしながら、本件大学においては、右規程の定めにかかわらず、一般の教職員に対しては、特段の勤務査定等を行うことなく、勤務(ママ)手当の全額を支給しているのが慣行であるから、特段の事情がない限り、勤勉手当を減額することは許されない。

したがって、被告法人が原告に対して支払うべき勤勉手当の具体的な金額は、本件懲戒解雇以降平成八年一月までの間においては、別紙9の「勤勉手当」欄記載のとおりであり、平成八年二月以降においては、毎年六月一五日限り二六万〇一六〇円及び毎年一二月一五日限り二六万〇一六〇円である。

(四) 被告法人は、本件大学の教員らに対し、寒冷地手当として、毎年八月二一日に、基本給に扶養手当を加え、一・五を乗じ、三万六一〇〇円を加えた額の金員を支払っている。寒冷地手当は、本件大学の教員らの賃金に当たる。被告法人が原告に対して支払うべき寒冷地手当の具体的な金額は、本件懲戒解雇以降平成八年一月までの間においては、別紙1ないし7の「寒冷地手当」欄記載のとおりであり、平成八年二月以降においては、毎年八月二一日限り一一万四四〇二円である。

(五) 被告法人は、本件大学の教員らに対し、調整手当として、平成二年四月以降、毎月基本給の三パーセントの金員を支払っている。調整手当は、本件大学の教員らの賃金に当たる。被告法人が原告に対して支払うべき調整手当の具体的な金額は、本件懲戒解雇以降平成八年一月までの間においては、別紙1ないし7の「調整手当」欄記載のとおりであり、平成八年二月以降においては、毎月二一日限り一三(ママ)〇〇八円である。

(六) 被告法人は、本件大学の教員らに対し、住宅手当として、平成二年三月まで毎月一万三〇〇〇円、平成二年四月以後は毎月一万五〇〇〇円の金員を支払っている。住宅手当は、本件大学の教員らの賃金に当たる。被告法人が原告に対して支払うべき住宅手当の具体的な金額は、本件懲戒解雇以降平成八年一月までの間においては、別紙1ないし7の「住宅手当」欄記載のとおりであり、平成八年二月以降においては、毎月二一日限り一万五〇〇〇円である。

(七) 被告法人は、本件大学の教員らに対し、扶養手当として、平成三年三月までは、毎月、配偶者につき一万六〇〇〇円、子供一名につき四五〇〇円の金員を支払っており、平成三年四月以後は、毎月、配偶者につき一万六〇〇〇円、子供一名につき五五〇〇円の金員を支払っている。扶養手当は、本件大学の教員らの賃金に当たる。原告には、扶養家族として、配偶者と子供二人がいる。被告法人が原告に対して支払うべき扶養手当の具体的な金額は、本件懲戒解雇以降平成八年一月までの間においては、別紙1ないし7の「扶養手当」欄記載のとおりであり、平成八年二月以降においては、毎月二一日限り二万七〇〇〇円である。

(八) 被告法人は、本件大学の教員らに対し、通勤手当として、毎月、通勤定期代相当額を支給している。

ところで、大学の職員の通勤形態としては、自宅研究等が当然のものとして一般に認められているなど、事務職員のように、毎日大学に出勤することが予定されているものではない。したがって、原告ら大学教員については、現実の出勤の有無にかかわらず、通勤手当が支給されているというのが実態である。右のような実態のもとで、大学の教員らに対し、通勤手当という名目で金員が支給されている場合には、当該金員について、その名目の如何にかかわらず、労働の対価としての賃金の性格を有すると解するのが相当である。

本件の場合、原告においては出勤の意思を有し、これを表明しているにもかかわらず、大学側がこれを拒み、研究室等も取り上げているものである。そのために、原告は、やむなく東北大学の図書館に出向く等して研究を続けている。この点からも、原告には、通勤手当の支給を受ける権利がある。

本件懲戒解雇後、別紙1ないし7の「通勤手当」欄記載の額のとおり、数次の市バス料金の改定がなされているから、被告法人が原告に対して支払うべき通勤手当の具体的な金額は、本件懲戒解雇以降平成八年一月までの間においては、別紙1ないし7の「通勤手当」欄記載のとおりであり、平成八年二月以降においては、毎月二一日限り一万三八六〇円である。

(九) 被告法人においては、本件大学の教員らに対し、研究費を支給している。右研究費については、被告法人の研究費補助事業取扱規程によれば、一応、教員の申請と学長の審査という形式を経て支給されることになっている。しかしながら、現実の運用としては、教員の申請があれば、一見明白に不当な申請ということが明らかでない限り、年間の補助限度額である金額(平成二年度以降は、年間二二万円)の総額が支給されており、各教員は、毎年一二月二八日までに右総額である二二万円を使い切ることを例としている。原告においても、本件懲戒解雇を受ける以前においては、毎年その支給を受けていた。したがって、右の研究費は、その名目の如何はともかく、研究者である教員らに対する賃金としての実質を有するものである。

また、研究費は、教員が必要に応じて必要な金額を申請し、その都度支給されるものであるが、原告は、本件懲戒解雇によって、大学から排除されているのであるから、原告が本件大学に対して申請を行っていないことは、原告の請求を妨げる理由にはならない。原告は、本件懲戒解雇を受けた後においても、不便な環境の中で、日々研究を続けてきたものである。

したがって、被告法人が原告に対して支払うべき研究費の具体的な金額は、本件懲戒解雇以降平成八年一月までの間においては、別紙10の「研究費」欄記載のとおりであり、平成八年二月以降においては、毎年一二月二八日限り二二万円である。

3 被告佐々木、同萩野及び同大竹に対する慰謝料支払請求

(一) 被告佐々木、同萩野及び同大竹の責任

後にB事件において述べるとおり、被告法人は、原告に対し、教授会出席停止、講義担当停止及び勤勉手当減額の各処分(以下「本件第一次処分」という。)を行った。これに対し、原告は、裁判(後記B事件)を提起し、本件第一次処分について争っている。被告佐々木、同萩野及び同大竹は、右原告の裁判(後記B事件)の維持を困難にさせ、本件大学執行部の旧悪と管理運営上の諸問題が公になることを回避するために、本件懲戒解雇に及んだものである。

すなわち、被告大竹は、被告萩野と共謀し、その総務部長としての地位を利用して、原告に懲戒理由があるかの如き資料の収集・作成を指示し、かつ、正当な理由のない懲戒事由を捏造するなどした。

被告萩野は、学長補佐としての地位を利用して、右資料と捏造された懲戒事由に基づいて、被告佐々木に対し、原告の懲戒解雇を教授会に図るべく、被告大竹とともに示唆し、かつ教授会の席上、事実上、教授会の議事を司って、原告の懲戒解雇決議を誘導した。

被告佐々木は、右資料に基づいて、原告の懲戒解雇の決議をなさしめた。

右は被告佐々木、同萩野及び同大竹による共同不法行為に当たるから、被告佐々木、同萩野及び同大竹は、民法七〇九条及び七一九条により、原告の後記損害を賠償すべき義務がある。

(二) 原告の精神的損害

原告は、本件懲戒解雇により、社会的に著しく名誉を傷つけられた。また、原告は、研究室や図書館の利用ができなくなり、学会等の活動が制約されることにより、研究者としての活動についても著しい制限を受けている。これらの不利益による精神的苦痛は重大である。原告の右精神的損害に対する慰謝料としては、少なくとも金二〇〇万円を下らない金額が相当である。

4 よって、原告は、

(一) 原告と被告法人との間において、雇用契約に基づき、原告が被告法人に対する雇用関係上の地位を有することの確認、

(二) 被告法人に対し、雇用契約に基づく賃金支払請求として、別紙1ないし7及び9の「合計金額」欄記載の各金員、別紙10の「研究費」欄記載の各金員並びに右各金員に対する各別紙の「支払日」欄記載の日の各翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、

(三) 被告法人に対し、雇用契約に基づく賃金支払請求として、平成八年二月以降、毎月二一日限り五〇万二四六八円、毎年三月一五日限り四三万三六〇〇円、毎年六月一五日限り一〇八万四〇〇〇円、毎年八月二一日限り一一万四四〇二円、毎年一二月一五日限り一五一万七六〇〇円及び毎年一二月二八日限り二二万円の各金員の支払、

(四) 被告佐々木、同萩野及び同大竹に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、各自、金二〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(被告佐々木については平成二年五月二二日、被告萩野及び同大竹については平成二年五月二三日)から、支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払

をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1 原告に対する懲戒解雇について

請求原因1の事実は認める。

2 被告法人に対する賃金支払請求について

請求原因2(一)、(二)、(四)ないし(七)の事実のうち、「被告法人が、本件懲戒解雇以降平成八年一月までの間に、原告に対して支払うべき具体的金額」とある点については、「仮に本件懲戒解雇が存しなかった場合において、被告法人が、本件懲戒解雇以降平成八年一月までの間に、原告に対して支払うべき具体的金額」という限度で認め、その余の事実は否認する。

請求原因2(三)第一段及び第二段の事実は認め、その余の事実は否認する。原告は大学に全く来ておらず、大学の何らの仕事もしていないのであるから、被告法人が原告に対して勤勉手当を支払う義務は生じない。

また、被告法人においては、勤勉手当として毎年六月一五日及び一二月一五日に基本給の〇・六か月分の各金員をそれぞれ支払うが、右各金員のうち、それぞれの半分に当たる基本給の〇・三か月分の各金員については、勤務成績によって支給することとしている。原告においては、本件懲戒解雇の後、大学に全く来ておらず、大学の何らの仕事もしていない。したがって、勤勉手当のうち、少なくとも右基本給の〇・三か月分の金員については、被告法人において減額査定すべきものであるから、原告に対して支払う必要は全くない。

請求原因2(八)第一段の事実は認め、その余の事実は否認する。通勤手当については、原告は全く通勤していないのであるから、請求自体失当である。

請求原因2(九)の事実については、被告法人においては、研究費について、研究費補助事業取扱規程により、教員の申請に基づき、学長が審査して支給することとなっていることは認めるが、その余の事実は否認する。原告からは右の申請がない以上、請求自体失当である。

3 被告佐々木、同萩野及び同大竹に対する慰謝料支払請求について

(一) 被告佐々木、同萩野及び同大竹の責任について

請求原因3(一)の事実は否認する。

(二) 原告の精神的損害について

請求原因3(二)の事実は知らない。

三  抗弁(本件懲戒解雇の有効性)

1 大学の自治と司法審査の範囲

教授会は、学問の自由、大学の自治の中枢であり、教授会の意思は、最大限尊重されるべきであって、特段の事情のない限り、裁判所といえども決議に介入するべきではない。すなわち、教授会の決議ないしその決議に基づく決定に対しては、学問の自由、大学の自治を守る立場から、裁判所といえどもそれを尊重し、原則としてその決議の当・不当に介入するべきではないのであって、ただ、その決定が明らかに違法であり、その違法状態について、国家権力が介入しなければ是正することができず、それをそのまま放置するときは回復不可能な重大な法益が侵害されるという場合に限り、裁判所は例外的にそれに介入することができるにとどまる。この点、本件懲戒解雇の決定は、本件大学の教授会の全員一致に近い多数の支持に基づくものであり、その判断も社会常識に合致するものであることから、裁判所がそれに反する判断を下すべき例外的な事案ではない。また、私企業の解雇処分が一握りの経営陣によって取締役会にも諮るか諮られないかで決定されるのに対し、本件の場合は、大学の総意ともいうべき教授会の決議に基づいて行われているのであるから、私企業における解雇処分無効確認請求と同一視されるべきではない。

2 本件懲戒解雇の根拠

被告法人は、平成元年一二月一三日の本件大学の教授会に、原告を懲戒解雇することの是非について、無記名で意見を徴したところ、賛成五七、反対二、白票五の結果となった。その後、被告法人は、原告の弁明を聞くため、原告に対し、平成元年一二月一九日付けで、同月二二日午前一〇時に学長室に出頭するよう通知した。右通知は同月二一日に原告に到達した。しかし、平成二年になっても、原告からは何の連絡もないまま時間が経過した。そこで、被告法人は、被告法人の就業規則六〇条に基づき、平成二年一月一七日付けをもって、原告を懲戒解雇した。

被告法人の就業規則六〇条には、以下の各号の一に該当するときは懲戒解雇に処する旨の定めがある。

第一号 正当な理由なしに欠勤が引き続き一六日以上に及んだとき。

第二号 正当な理由なしにしばしば遅刻、早退又は欠勤したとき。

第三号 他人の業務遂行を妨げたとき。

第六号 故意又は重大な過失によって学園に損害を与えたとき。

第八号 刑法その他諸法令に触れ、その情重いとき。

第一〇号 数回訓戒、懲戒を受けたにもかかわらず、なお改悛の見込みがないとき。

第一一号 不正の行為をして学園の名誉を汚したとき。

第一二号 故意に作業能率を阻害したとき。

第一四号 その他前各号に準ずる程度の行為のあったとき。

3 就業規則に該当する原告の行状(本件懲戒解雇の理由)

本件懲戒解雇の理由となる原告の行状は、以下に述べるとおりである。これらの一つ一つが懲戒解雇事由を構成するものである(なかでも刑事告発問題と誓約書問題における原告の行為は極めて悪質なものであり、それ一つで十分な懲戒解雇事由となるものである。)が、これらの原告の行状を総合すれば、原告を懲戒解雇に処すべき十分な理由がある。

なお、以下に挙げる各事由の中には、原告に対して採られた教授会出席停止及び講義担当停止の各処分(以下、それぞれ「本件教授会出席停止処分」、「本件講義担当停止処分」といい、右各停止処分を併せて「本件各停止処分」という。なお、本件各停止処分の内容及び本件各停止処分の理由とされた事実については、後にB事件において述べる。)の理由とされた事実も含まれるが、本件各停止処分は、あくまでも「措置」であり、懲戒処分ではないのであるから、本件各停止処分の理由とされた事実を、本件懲戒解雇の理由とすることは何ら差し支えのないことである。

(一) 出席(ママ)簿の押印不実施(六〇条一〇号、一二号、一四号)

本件大学の就業規則二三条には、本件大学の教員に対し、出勤した際には、備付けの出勤簿に押印することを義務づける旨の定めがある。ところが、原告は、昭和五九年一二月以降、本件大学の学長の度重なる業務命令にもかかわらず、何日分かをまとめて押印したりして、就業規則二三条に定められているとおりの方法で出勤簿に押印することを行わなかった。出勤簿は、私立学校法人振興助成法による日本私学振興財団からの私学助成金を得るための重要な資料となるものであり、規定どおりに押印される必要がある。被告法人は、本件大学の教授会においてもその旨説明しているにもかかわらず、原告は、あえて押印を拒否しているものであって悪質であり、原告には大学の規則等を遵守しようとする態度が全くみられない。原告の右行為は就業規則六〇条一〇号、一二号及び一四号に該当する。

(二) 無断欠勤(六〇条一号、二号、六号、一〇号、一四号)

原告は、教員にも春休みがあるという独自の恣意的な考え方に基づき、昭和六一年から平成元年までの間、毎年三月末から四月にかけて、本件大学に無届けで欠勤し、原告の郷里の寺の仕事をしていた。

また、原告の出勤簿には、左記の各期間について出勤の押印がされていない。原告は、出勤した日については、後でまとめ押しをしていたのであるから、出勤をしたにもかかわらず出勤簿に押印してない部分があるとは考えられない。したがって、出勤簿に押印がされていない以上、反証がない限り、欠勤したものと推定される。そうすると、原告は、左記の各期間について、無断で大学を欠勤していたことになり、無断欠勤を繰り返してきたことになる。

昭和五九年一二月一二日から昭和六〇年一月九日 一八日間(年末年始を除く)

昭和六〇年二月一日から同月一六日 一六日間

同年一〇月一日から同月一六日 一六日間

同年一二月一六日から昭和六一年一月一六日 二一日間(年末年始を除く)

昭和六一年三月一三日から同年四月一六日 三五日間

同年一〇月三一日から一一月二八日 二九日間

同年一二月二五日から昭和六二年一月三一日 二七日間(年末年始を除く)

平成元年五月一日から同月一六日 一六日間

同年九月一日から同月二二日 二二日間

同年一二月一四日から平成二年一月一六日 二三日間(年末年始を除く)

右の事実は、就業規則六〇条一号の正当な理由なしに欠勤が引き続き一六日以上に及んだときに該当する。また、原告が、右期間中、同様のことが反復されている状況等から判断すると、就業規則六〇条一号に準じる行為が行われていたことになるから、就業規則六〇条一四号の懲戒解雇事由に該当する。また、右の原告の行為は、就業規則六〇条二号及び六号の懲戒解雇事由に該当し、後記のとおり、学長が言い渡した研究専念義務に違反するものであるから、就業規則六〇条一〇号に該当する。

する。(ママ)

(三) 無断休講(六〇条二号、六号)

本件大学においては、講義を休講する場合、その理由を付して教務に届け、それに補講についての記載も行うようになっている。ところが、原告は、昭和六一年五月二四日、それらの届けをしないで講義を休講した。仮に、学生に対し、休講の前回の講義において、次回の講義を休講する旨の告知をしていたとしても、休講の前回の講義に欠席した学生にとっては、休講の事実が知らされないことになるのであるから、教務に届けを出し、掲示板に掲示するという所定の方法によるべき必要性が強いのである。

右の原告の行為は、就業規則六〇条二号及び六号の懲戒解雇事由に該当する。

(四) 研究室の移転拒否問題(六〇条三号、六号、一二号、一四号)

原告は図書館棟内にある研究室を自己の研究室として使用してきた。被告法人は、昭和六二年四月、原告に対し、原告の研究室を研究棟にある第六研究室に移転するよう要請した。被告法人の要請は、原告の研究室が図書館棟の中にあることによって図書館の施設管理に問題が存することが指摘されていたことによるものであった。また、被告法人の要請は、原告に対し、本来研究室があるべき研究棟に移ってほしいというものであり、また、研究棟において他の教授の定年退官に伴って空く研究室が出たことから、そこに移ってほしいというものであった。

また、大学側は、合意の上で移転を実行すべく、六一年三月、あらかじめ原告の了解を取ろうとして、原告との接触を試みたが、原告が無断欠勤していたために連絡が取れなかった。また、原告は、昭和六一年三月二六日の定例教授会にも無断で欠席したため、事前の連絡が取れなかった。

そもそも、大学の教員に対して、どこの研究室を使用させるかは、大学の施設管理権に属するものであり、教員に対し、特に不利もしくは不便な研究室の配置替えを行うなど特段の事情がない限り、原告の研究室をどこにするかは、本件大学の判断によって行うものである。ところが、原告は、移転の要請をかたくなに拒否し、度重なる移転の業務命令にもかかわらず、研究室の移転を約一年間にもわたり拒否し続けた。その結果、本件大学の固定資産及び物品の管理運用に支障を及ぼし、また、心理学科の講義及び実験に多大なしわ寄せと迷惑がかかった。原告の右行為は、就業規則六〇条三号、六号、一二号、一四号に該当する。

(五) 東北レポート記者との接触問題(六〇条六号、一一号、一四号)

原告は、昭和六一年一二月四日、仙台市<以下、略>(現 同市青葉区<以下、略>)にある喫茶店「マリアンヌ」において、東北レポート新聞の記者とゲラ刷り原稿を前に打合せをし、本件大学の教員らのプライバシーに関する事項を同記者に伝えた。その結果、その後間もなく、東北レポート新聞トウレポに「あアー東北福祉大学疑惑の構図再検証」という大きな見出しの付いた記事が載せられ発刊された。右記事の内容は虚偽の事実であり、本件大学の信用を落とすとともに、右記事の中で実名を挙げられた本件大学の教員の名誉を著しく害するものである。

このように、事実無根の文書を外部に発表して、本件大学の名誉信用を失墜させようとしたことは、本件大学の教職員としての不適格事由に当たり、原告の右行為は、就業規則六〇条六号、同一一号及び一四号に該当する。

(六) 投棄文書問題(六〇条六号、一一号、一四号)

原告は、昭和六二年三月一二日までの間に、本件大学の執行部の一部が、金銭的な違法行為を行い、本件大学を私物化しているといった内容の事実無根の中傷文書を多数作成し、これを、図書館棟二階の原告の研究室の前の廊下と湯わかし器のある部屋との間にあるポリ容器の中に、人目に付きうるように投棄した。右中傷文書は、本件大学及び本件大学関係者に対する、何ら根拠のない虚偽の誹謗中傷を内容とするものであり、本件大学の信用を落とし、大学関係者らの名誉及びプライバシーを著しく侵害する内容のものであった。そして、右中傷文書は、その記載からみて、対外的に発表するためにその準備として作成されたものであることは明らかである。そのうえ、前記(五)の事実と併せて考えると、原告が、右中傷文書に書かれた内容を、外部の新聞等に発表しようとしていたことは明らかである。

このように、原告が、本件大学の名誉信用を失墜させようとしたことは、大学の職員として不適格であるといわなければならない。

しかるに、原告は、その弁明を求められた本件教授会において、右中傷文書の作成目的等の釈明を求められた際、右中傷文書は反故として投棄した文書であるので自分には関係がないといった非常識な答弁を行い、教授会に対して極めて不真面目な対応をした。

このように、原告が、社会常識では考えられないような言い逃れをしたことは、教師としての実質にも問題があるといわざるを得ない。

以上の原告の行為は就業規則六〇条六号、同一一号及び一四号に該当する。

(七) 刑事告発問題(六〇条三号、六号、八号、一一号、一四号)

原告は、当時教授兼総務部長であった被告大竹及び同学長補佐であった被告萩野を、背任(右両名は、独断かつ秘密裏に昭和五五年から同六一年までの間、野球の巧みな者を入学金及び授業料全額を免除して東北福祉大学に入学させ、右免除した金額に相当する約金七〇〇〇万円の損害を大学に与えた。)及び業務上横領(右両名は、当時の経理課長八木哲夫名義の普通預金口座を作らせ、それに入学金、授業料、施設設備資金等公金を前後三〇数回にわたり約金一九〇〇万円入金させ、そこから昭和五五年三月一四日から同五九年五月九日までの間六〇数回にわたり計約金一六〇〇万円を引き出し、バーの飲食代や自宅建築代金等に使用し横領した。)の理由で仙台地方検察庁に告発した(以下「本件告発」という。)。

告発は、それがたとえ不起訴になっても、被告発人に精神的なダメージを与え、また、捜査機関の取調べに応じなければならないという労力を課し、さらに、被告発人のみならず本件大学の対外的イメージを損なうおそれのある行為である。したがって、告発の対象となる事実については、できるだけ学内での真相解明に努め、それが不可能か又は学内の解決になじまない場合に初めて告発といった手続をとるべきである。そして、その場合でも、告発を行おうとする者には、把握すべき事実を把握し、確たる裏付けをもって告発を行うべき注意義務が存することは明らかである。しかるに、原告は、本件告発に当たって、たとえば監査法人から説明を受けたり、教授会において審議や議論を尽くす等の学内的な解明を行わず、その他尽くすべき注意を尽くさなかったものである。また、原告は、本件告発に当たって、ことさらに疑惑を作り上げたものである。原告の本件告発行為は誣告罪に当たるものであり、本件告発によって、被告発人及び本件大学は多大の不利益を被った。

原告の告発事実が、実証性を全く欠く架空のものであることは、以下に述べるとおりであり、原告の本件告発行為は、就業規則六〇条三号、六号、八号、一一号及び一四号に該当する。

(1) 背任の嫌疑による告発

被告法人においては、推薦もしくは試験による選抜という正規の入学手続を経て入学した者の中から、特殊技能者等に対する奨学金給付内規に基づき、入学金や授業料を被告法人から給付し、実質的にそれらの納付金を免除しているものである。したがって、右奨学金給付内規に該当する学生から入学金や授業料を徴収しないことは何ら不当なことではなく、ましてや何ら違法なことではない。

こうした授業料等の給付は、昭和五三、四年ころから行われていたものであるが、その後、昭和五七年に、楢山大典が被告法人の理事長になったときに、本件大学の名を全国に上げ、大学を活性化し、学生に自分の所属する大学に誇りを持てるようにすることを目的として正式な制度としたものである。その実施に当たっては、予算措置を採り、理事会の承諾を得、決算の監督も受ける等、すべて正規の手続をとって行われたものである。被告大竹らが、独断かつ秘密裏に援助したという原告の主張は全く事実に反する。こうした制度が、昭和五七年の理事会で認められたものであることは、予算もその年に大幅に増額されていることからも明らかである。さらに、当時の後藤学長の決済印もある。

前記奨学金給付内規は、法人部門で作ったものであり、適用者には奨学金を給付するというだけのものである。誰に奨学金を給付するかについては、教授会の審議にかける必要はない。また、法人の内規のすべてが規程集に載っているわけではない。また、重点部長の意味、適用要件等内規の文言に多少の不備があってもやむを得ないものというべきである。さらに、前記奨学金給付内規の適用の結果、授業についていけない学生が入学して、他の学生に迷惑をかけたという事実は存しない。現に、原告も、自己の担当する試験で合格点を付けている。

この制度の目的は、前記のとおり、本件大学とその学生のためであり、被告大竹らの個人的な地位と名誉を守るためでないことは明らかである。現に、本件大学の社会的評価は非常に高くなっているところである。

(2) 業務上横領の嫌疑による告発

八木哲夫名義の預金口座に保管されていた金員は、大部分が本件大学の野球部に対するご祝儀や激励の意味を含んだ寄付金であり、野球部固有の金員であり、本件大学に属する公金とは全く別のものであった。

もっとも、八木哲夫名義の預金口座への入金のうち、昭和五六年四月一七日の金一五八万八八八〇円は、後援会からの教務部助成金のうち、年度内に支出されなかった金員を、一時預かりとして八木哲夫名義の預金口座に入れたものであり、野球部とは関係ない金員であった。しかしながら、これは八木哲夫の判断で、あくまで一時的なものとして預かったものである。その金員の最終的な使途も、教務部助成金として適切に支出されたものである。このことは、会計原則に従った処理がなされたか否かという手続だけの問題であり、横領とは全く異なる問題である。

また、八木哲夫名義の預金口座への昭和五七年一〇月二二日入金の金七〇万円は、明らかに大学の金員であるが、その性格が判明した後、直ちに大学の経理に移し替えられたもので、被告らが不正使用した事実はない。

八木哲夫名義の預金口座への昭和五七年六月一八日入金の金四四〇万円については、株式会社地崎工業が本件大学の野球部の強化のためにという趣旨で野球部に寄付したものである。本件大学は、株式会社地崎工業に対し、野球部のグラウンドの整備を依頼したが、グラウンドの境界について争いがあったため、工事が遅延した。これは、株式会社地崎工業の責めに基づくものではないので、本件大学は、約定のとおり、造成費を支払った。もっとも、造成工事が遅れた結果、大学の野球部は、グラウンドを転々として練習を行うという不便を受けた。そこで、それを見かねた株式会社地崎工業が、野球部の強化のためにと、好意で野球部に寄付してくれたものである。

八木哲失名義の預金口座からの支出は、すべて、野球部強化のための打ち合わせのための交通費、関係者との会食費等に使っている。そもそも、被告らは、いずれも、各自宅の改築資金等を公的機関からの融資によって行っているのであり、横領の事実が存しないことは明らかである。

さらに、原告の告発事実が存しないことは、国税局や会計検査院、監査法人等の公的機関ないし準公的機関による調査の結果からも明らかである。

原告は、出金された金が返金された等、通帳の記載自体からも当然把握すべき事実を把握しないまま本件告発を行ったものである。また、原告の八木からの事情聴取も、本件通帳を示してのものではないことから、裏付けとしてははなはだ稚拙なものである。

(八) 誓約書問題(六〇条六号、一一号、一四号)

原告の行為は、以下に述べるとおりのものであり、就業規則六〇条六号、一一号及び一四号に該当する。

(1) 原告は、日本学生野球協会(平成元年一〇月五日付)及び全日本大学野球連盟(同月六日付)に対して、上申書を提出し、右上申書の中で、本件大学が日本学生野球憲章に違反するかたちで野球部員を入学させていること、その具体例として、被告大竹及び当時野球部監督であった伊藤義博が、ある学生(以下「本件学生」という。)及びその父親との間で、入学金と授業料を免除して入学を許可する旨の文書(いわゆる誓約書)を取り交わしていることを挙げて、調査を行うことを求めた。原告による右上申書の提出行為は、以下の点で問題がある。

第一に、大学内部の問題としては、まずは、大学内部の努力によって解決すべきであり、本件大学には、教授会内部の審議内容をみだりに外部に漏らしてはならない旨を定めた教授会要綱もある(右教授会要綱の具体的な内容については、後にB事件において述べる。)。しかるに、原告は、右誓約書を、昭和六一年ころ入手したというにもかかわらず、ことさらに学内に問題の存在を知られないようにした上で、右教授会要綱に違反して、問題を外部に持ち出したものである。原告のこのような行為は、本件大学及びその構成員に対する著しい背信行為というべきものである。

しかも、本件学生の入学は、正規の手続によるものであって、上申書に記載されている入学金の免除を条件に伊藤監督らが学生の入学を許可したということは事実に反する。また、右誓約書を被告大竹が作成したとすることも事実に反する。そして、全日本大学野球連盟も、野球憲章に違反する疑いはないとの結論を出している。このように、原告が、学内の問題を外部に出すにあたって、当然なすべき事実の調査・確認をしなかった点は強く非難されるべきである。

第二に、大学の教員は、学生が社会に出て不利になるおそれのあるようなことを容易に外部に漏らすことをするべきではない。まして、はっきりとした事実の認定もしないままに、学生に不利益な事実を外部に漏らすことは、学生の成長を第一義とする大学の教員として絶対に許されないことである。しかも、当時は本件学生にとって大学四年生の秋の就職時期であることを考えれば、なおさらである。しかるに、原告は、前記上申書において本件学生の実名を載せている。本件大学は、全日本大学野球連盟等の調査に対して必要な資料を提出し、真実を明らかにしているのであって、本件学生の名前を記載しなければ真相が明らかにされないおそれがあったということもできない。また、全日本大学野球連盟は任意の団体であり、役員には私企業の経営者等が参加していることを考えれば、右連盟に学生の実名を出すことは、外部に実名を出すことと同義である。

原告の右行為は、本件大学及び本件学生本人その他の関係者の信用名誉を著しく毀損するものである。

(2) 原告は、右誓約書を、当事者ないし関係者に一度も確認すること無く、裁判の証人調べの前日に、実名のまま報道機関に流した。また、原告は、右誓約書を、同様にして、本件裁判に証拠として提出した。原告の右行為もまた、本件大学及び本件学生本人その他の関係者の信用名誉を著しく毀損するものである。

(九) 注意事項遵守違反(六〇条一〇号、一四号)

本件大学の学長は、原告に対し、昭和六二年四月九日、本件各停止処分の言渡しの際、次の注意事項を言い渡した。

(1) マスコミその他に対する個人的な無責任な接触で、大学に悪い影響を与えることは絶対慎むこと

(2) 出席(ママ)簿は必ず押印すること

(3) 研究室については、即時移転に着手すること。新しい研究室で学問、研究に専念すること

しかし、原告は、前記のとおり、本件告発を行った。右の行為は前記注意事項(1)に違反する。また、原告は、前記のとおり、出勤の都度の出勤簿への押印を実施していない。右の行為は前記注意事項(2)に違反する。さらに、原告は、前記のとおり、無断欠勤を繰り返している。右の行為は、学問研究に専念しないものであるから、前記注意事項(3)に違反する。

本件大学の教授会は、平成元年三月八日、教授会として、原告に対し、辞職を勧告する旨の決議を行った。しかし、その後も、原告は、出勤簿への押印を実施せず、無断欠勤を繰り返している。

こうした原告の行為は、就業規則六〇条一〇号、一四号に該当する。

4 本件懲戒解雇の手続

被告法人は、教授会における慎重な審議と全員一致に近い多数の支持を得て、原告を懲戒解雇に付しているのであり、その手続に瑕疵はない。そのうえ、被告法人は、慎重を期すため、原告の弁明を聞くこととし、原告に対し、平成元年一二月一九日付けで、学長室に出頭するよう通知した。しかし、原告は、右通知の(ママ)応じなかったものである。

四  抗弁(本件懲戒解雇の有効性)に対する認否及び反論

1 大学の自治と司法審査の範囲について

抗弁1の主張は争う。大学の自治は、その担い手である大学教員の身分を守ることによって保証(ママ)されるものであり、多数決に名を借りて、少数意見の者を大学から排除することは大学の自治とは無縁のものといわなければならない。また、大学といえども治外法権を有しているものではなく、何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪われないことは憲法三二条が明確に定めるところである。原告は、懲戒解雇によって大学教員としての身分を奪われ、大学の外に放逐されたのであるから、私企業における解雇処分の場合と同様に、裁判所は厳格に審査を行うべきである。

2 本件懲戒解雇の根拠について

抗弁2の事実は認める。

3 就業規則に該当する原告の行状(本件懲戒解雇の理由)について

抗弁3に挙げられた事実は、以下に述べるとおり、いずれも、本件懲戒解雇の正当な理由となりえない。

(一) 出席(ママ)簿の押印不実施について

抗弁3(一)の事実のうち、原告が、出勤の都度、出勤簿に押印することをせず、一週間分とか一〇日分とかをまとめて押していたことは認め、その余の事実は不知又は否認する。

右のような方法は、他の大学の場合を含めて、とりたてて珍しいことではない。また、後に(二)で述べるとおり、大学教員の場合、事務職員とは異なり、大学への毎日の出勤自体が義務付けられておらず、自宅研究等が許されている以上、出勤簿の記載にどれほどの意味があるのか疑問であり、事務処理の見地からより妥当であるというにとどまる。また、出席(ママ)簿へのまとめ押しによって、日本私学振興財団からの私学助成金を受ける上で、特段の支障が生じることもない。

したがって、出席(ママ)簿へのまとめ押しは本件懲戒解雇の正当な理由とはなり得ない。

(二) 無断欠勤について

抗弁3(二)の事実のうち、原告の出勤簿に、被告らの主張する期間について押印がないことは知らない。原告が、被告らの主張する期間について無断で大学を欠勤したということは否認する。出席(ママ)簿に押印がないことをもって、直ちに大学への欠勤であると推定されるという被告らの主張は争う。

そもそも、学生に対する講義等は別にして、大学の教員の場合、事務職員とは異なって、大学内の研究室等へ行かずに、大学の施設外(たとえば自宅や他の図書館等)で研究することは一般的なことであり、研究方法における時間的・場所的裁量の範囲内のこととして歴史的にも認められてきているものである。したがって、大学での講義等の時間は格別、それ以外の時間における研究の場所等は教員の自主的判断に委ねられているのであるから、仮に原告が毎日大学へ出勤しなかったとしても、欠勤には当たらない。

したがって、この問題も本件懲戒解雇の正当な理由とはなり得ない。

(三) 無断休講について

抗弁3(三)の事実のうち、休講の場合、その理由を付して教務に届け、それに補講についても記載するようになっていること、原告が、昭和六一年五月二四日の講義を、前回の講義において学生に告知した上で、大学当局への休講届を出さずに休講したことは認め、その余の事実は否認する。

右休講の理由は、当日開催された学会に参加するためであり、学会等に参加するために大学の講義を休講することは、大学一般で広く認められていることである。また、学生に対しては、前回の講義で休講とする旨告知済みであり、そのような方法による休講は、他の教員らにおいても一般に行われているものである。大学の事務局への届出は、形式的な事務処理上のものにすぎず、本件懲戒解雇の正当な理由となるものではない。

(四) 研究室の移転拒否問題について

抗弁3(四)の事実のうち、原告が図書館棟内にある研究室を自己の研究室として使用してきたこと、原告が、被告法人から、昭和六一年四月、原告の研究室を被告法人の指定する別の部屋へ速やかに移転するように求められたこと、移転先の研究室は、定年退官で辞めることになった教員の部屋であったこと、原告が右の求めに応じず、研究室の移転を拒否したこと、原告が、昭和六二年四月に研究室を移転したことは認め、その余の事実は不知又は否認する。原告の研究室移転拒否によって、大学の管理運営に特段の支障がもたらされた事情は一切ない。

そもそも、大学執行部において教員の研究室を移転する場合には、あらかじめ時間的余裕をもって当該教員に説明をし、その同意を得た上で移転を行うというのが、初歩的かつ基本的なルールである。ところが、本件大学の要求は、右のルールに違反するものであった。そこで、原告は、右のルール違反に抗議するため、研究室の移転を拒否したものである。このように、この問題は、被告法人がルールを守らなかったことに起因するのであり、右のルールを守らなかったことに抗議をした原告を処分することは、本末転倒といわなければならない。本件の場合、移転先の研究室は、定年退官で辞めることになった教員の部屋であるから、被告法人は、相当以前の時点で、研究室移転の旨を原告に連絡をする時間的余裕があったにもかかわらず、あえて事前の連絡をせず、また、事後的にも、話し合いによる解決を行うという学長の発言の翌日に、一方的に原告の研究室のドアに移転を命じる旨の文書を張り付けたものである。原告が抗議をしたことも当然というべきである。

したがって、この問題も、本件懲戒解雇の正当な理由とはなり得ない。

(五) 東北レポート記者との接触問題について

抗弁3(五)の事実のうち、原告が、昭和六一年一二月四日、東北レポート新聞トウレポの熊谷記者に呼び出され、喫茶店「マリアンヌ」において右記者と面会をしたことは認め、その余の事実は不知又は否認する。

原告が、熊谷記者に対して、本件大学の問題に関する何らかの情報を提供したという事実はない。原告が右記者と面会したことと、発刊された東北レポート新聞トウレポの記事の内容とは全く無関係である。このことは、原告が右記者と面会した時点で、既に同紙が被告大竹に対して発送済みであったことからも明らかである。かえって、日時を合わせるように原告が喫茶店に呼び出され、かつ、同所に絶妙のタイミングで被告萩野が出現したことに照らすと、本件は、大学執行部と右熊谷記者とにおいて、原告の罪状を作るべく巧妙に仕組んだ出来事ではないかとの強い疑念が存する。

大学の教員がマスコミ関係者と会うこと自体は、何ら非難や処分の対象となることではない。

したがって、この問題も、本件懲戒解雇の正当な理由とはなりえない。

(六) 投棄文書問題について

抗弁3(六)の事実のうち、原告が、昭和六二年三月一二日、原告の研究室のゴミ箱に、原告の作成した原稿やメモ等を反故として捨てたこと、教授会において、反故として投棄した文書であるから自分には関係がない旨の答弁をしたことは認め、その余の事実は否認する。

原告がゴミ箱に投棄した文書の内容は、本件告発の問題や前記誓約書の問題に関するものである。後に(七)及び(八)で述べるとおり、右投棄文書の内容は、いずれも真実に合致するものであるから、根拠のない誹謗中傷文書ということはできない。また、右投棄文書は、原告が不要なものとしてゴミ収集用のポリ容器に捨てたものであって、他人に知らしめることを意図し、他人に了知しうる状態でこれを投棄したものとは全く異なる。かえって、ゴミ箱の中から右投棄文書が発見されたことに照らすと、本件大学の執行部は、原告の行動を監視し、日常的にゴミ箱あさりをしていたのではないかとの強い疑念が存する。

教授会における原告の答弁については、後記B事件において述べるように、いわば査問状態に置かれた原告にとって、致し方のないものというべきである。

(七) 刑事告発問題について

抗弁3(七)第一段の事実は認め、その余の事実は否認する。

原告は、本件大学の他の教員有志七名とともに、被告萩野及び同大竹を、背任及び業務上横領の疑いで仙台地方検察庁に告発したが、これは、それ以外に本件大学の管理運営を正常化する方法がないとして選択したものである。本件告発は、十分な証拠資料に基づきなされたものである。犯罪の疑いがあるとき、これを告発することは、国民の権利であって、これをもって懲戒の理由となし得ないことは明らかである。

本件告発について、相当な事由があったこと、すなわち、告発を必要とする十分な事情及び資料があったことは、以下に述べるとおりである。したがって、この問題も本件懲戒解雇の正当な理由とはなり得ない。

(1) 背任の嫌疑について

被告らは、当初、次のとおり主張していた。従前、本件大学には、スポーツの有能な選手等に対し、入学金や授業料を免除する制度はなかった。そこで、昭和五七年三月、理事長に就任した楢山大典が、大学の活性化を図り知名度を上げるため、特殊技能を持つ学生に対し経済的援助をする制度を創設することを発案し、右制度の具体化を学長及び学長補佐に指示した。そこで、右指示に基づき、学長らにおいて右制度を考え、同年三月の理事会に制度の創設を説明して了解を得、その結果、被告法人の会計予算中奨学費の支出が、前年度の一〇〇〇万円から一五〇〇万円に増額となった。その後まもなく、右制度は、特殊技能者等に対する奨学金給付内規として文章化された。

しかし、昭和五三ないし五四年ころから、スポーツ特待生が「やみ」で存在していたことは、新聞報道等において指摘されていたものであり、被告らの主張の前提である、昭和五七年以前にはそのような生徒は存在しなかったとする事実は真実に反するものである。

また、昭和五九年当時、スポーツ特待生問題がマスコミ等で盛んに取り上げられたのに対し、特殊技能者等に対する奨学金給付内規の存在について、大学当局から全く説明がされなかったことは極めて不自然であり、昭和五九年当時においてさえ、そのような内規が存在していたということには重大な疑問が残る。

さらに、特殊技能者等に対する奨学金給付内規の適用は、希望者を対象に行われることになっており、適正な運用を行うためには、当然の前提として、広く対象者に制度の存在を示すことが必要不可欠と考えられるところ、特殊技能者等に対する奨学金給付内規の存在については、当時はもちろん、その後も学生等に対して全く公にされていない。

そのうえ、右内規の運用の責任者が誰なのかも全く不明であること、内規の選考基準としては、抽象的に「特殊技能があること」と「経済的理由により修学困難であること」が記載されているだけで、具体的な選考基準は全く定められていないこと、対象者の推薦は「重点部長」が行うことになっているが、「重点部長」とはいかなる部長なのかもはっきりしないこと等の問題も存在する。

以上の事実に照らすと、特殊技能者等に対する奨学金給付内規の運用は、被告大竹ら一部のものが私的にいい加減に運用しているといわれても致し方ないものであり、特殊技能者等に対する奨学金給付内規又はスポーツ特待生の制度の成立と運用につき、背任行為に該当する事情があるのではないかとの疑問を抱かれても当然のことである。

なお、この問題について、検察官は不起訴の処分をし、検察審査会も右検察官の判断を支持している。これは、特殊技能者等に対する奨学金給付内規が適正に成立し、適正に運用されているとの認定の上になされたものと思われる。しかし、これは、以上に述べた内規を巡る疑惑を十分に検討するだけの物的及び人的設備に限界のあるもとで出された判断にすぎない。

(2) 業務上横領の嫌疑について

業務上横領の嫌疑を端的に示しているのは、後援会の会計の中の教務部助成金の中から一五八万八八八〇円が八木哲夫名義の預金口座に入金になり、右助成金本来の目的を離れて、私的に使われていたのではないかという一例である。

この点、被告らは、年度の使い残しの金員を便宜的に払戻しをして右口座に入金しただけであり、何ら問題はないと主張する。しかし、もし、使い残しの金員であれば、翌年度に繰越しの手続をすればよいのであるから、被告らの主張は信用できるものではない。また、被告らは、年度末に既に支出が決まっていた金員について四月以降に支払をしただけであるから何ら問題はないと主張し、右出金を証明するものとして各種の領収証等を提出している。しかし、もし、出金の予定が決まっていたのであれば、受領者自身の発行による後援会宛の領収書があれば十分であり、飲食店等の領収証が提出されること自体不自然である。

そうすると、右一五八万八八〇(ママ)〇円については、年度末になり使い道もないまま残っていたことを奇貨としてこれを払い戻し、私的に流用した疑いが濃厚である。

この点については、検察官は不起訴処分としたが、検察審査会においては、不起訴処分の一部は不当であるとの議決がされている。

(八) 誓約書問題について

(1) 抗弁3(八)(1)第一段の事実は認める。同第二段以下の事実のうち、全日本大学野球連盟は野球憲章に抵触しないとの結論を出したことは認め、その余の事実は否認する。

上申書の提出先は、野球憲章違反の有無について最終的な審査を行うところの日本学生野球協会ないし全日本大学野球連盟であり、しかも、その目的は「審査に資するため」の資料の提供であることから、そのことにつき何ら非難を受けるところはない。

学生の実名を出した点は、ことの性質上、右審査機関において適正・妥当な判断をしてもらうためにやむを得ないものである。また、右審査機関は、あくまで審査機関であって、そこから第三者に対し、学生の実名が流布されることは全く予定されていないものである。

全日本大学野球連盟が野球憲章に抵触しないとの結論を出したことは事実であるが、北部地区大学野球連盟の調査結果を尊重するのが適当であるとしただけで、積極的に違反がない旨の結論を出したものではない。前記誓約書が学生野球憲章に違反する内容を含むものであることは明らかである。

以上によれば、この問題も本件懲戒解雇の正当な理由とはなり得ない。

(2) 抗弁3(八)(2)の事実は認める。

本件第一次処分についての訴訟(後記B事件)中、被告法人はその意を体した者をして原告側証人に威迫を加え、また「内規」なる虚偽文書を捏造し、不正を隠蔽しようとした。原告は、証拠の証明力を削がないためやむを得ず、氏名を伏字にしないまま右誓約書を書証として法廷に提出したものである。

本件裁判の報道により本件大学のイメージが悪化したとしても、それは、本件大学の関係者が不当な誓約書を作成したり、本件大学の執行部が不明瞭な形で一部の学生の授業料等を免除していた事実の解明の過程におけるもので仕方がない。

以上によれば、この問題は本件懲戒解雇の正当な理由とはなり得ない。

(九) 注意事項遵守違反について

本件大学の学長が、原告に対し、昭和六二年四月九日、本件各停止処分の言渡しの際、本件各注意事項を言渡したことは否認する。

抗弁3(九)は、そもそも、本件第一次処分が違法・不当であるとして裁判を提起している原告に対し、反省を求めること自体が当を得ないものであるから、本件懲戒解雇の正当な理由とはなり得ない。

4 本件懲戒解雇の手続について

抗弁4の事実のうち、被告法人が、原告に対し、平成元年一二月一九日付けで、二二日に学長室に出頭する旨通知したことは認め、その余の事実は否認する。

原告は、平成元年三月及び同年六月に、本件大学の学長名で学長室に出頭するようにとの通知を受けたが、原告代理人に対して申し出られたい旨の回答をした。また、平成元年一二月一九日付けの通知については、教授会での懲戒解雇承認決議の後に右のような通知をしても、実質的には何らの意味も有しない。いずれの通知についても、原告と被告法人との間には、後記B事件が訴訟中であったのであるから、原告が通知に応じて出頭しないことは明らかである。

結局、本件懲戒解雇を正当とする理由の存否について、原告が資料を提示されて弁明をする機会や手続は、学長に対しても、教授会に対しても、理事会に対しても全く与えられていない。原告の弁明を十分に聞き、処分事由の有無についての事実の確認作業を行った上で、初めて処分の必要性等を判断することが可能となるにもかかわらず、処分を下すための最も初歩的かつ基本的なルールが守られないまま解雇という最も重い処分が行われたものであって、その違法性は極めて重大であるといわなければならない。

理事会においては、資料に基づき時間をかけた十分な審議がなされたとはいえず、理事会の決議は、学長ないし本件大学執行部の決定を白紙で全面的に支持したものにほかならない。

教授会においては、学長が、冒頭、「私どもは理事会を召集しまして、その席上で二回の理事会を経て、川越先生に対する処分の決定をいただいた」旨の発言をした。右発言は、理事会で慎重な審議がなされたかのごとき誤導を含むとともに、これから白紙の立場で審議に臨もうと考えている教授会のメンバーに対し、予断と圧力を加えるものである。このような学長の冒頭発言をもとに行われた教授会の審議の適正と公正さには多大の疑問がある。

就業規則で定めるところの教授会の意見聴取とは、単なる形式ではなく、そこで処分事由の存否や妥当性について、実質的な審議がなされることを当然の前提としている。ところが、本件懲戒解雇を承認した教授会においては、原告の弁明は全くないまま、あたかも原告が前記誓約書を盗んでマスコミに流したかのごとき虚偽の事実を前提に議論がなされており、本来、まずもってなされるべきところの前記誓約書作成の経緯、内規作成の経緯等の点について一切審議がなされていない。したがって、右教授会において、実質的な意味での意見聴取が適正に行われたとはいえない。

係争中の本件第一次処分と同一の事実を懲戒理由とし、反省がないとして懲戒解雇を行うことは、原告が裁判で自己の権利を主張すること自体を実質的な懲戒理由とするものに他ならないから、原告の裁判を受ける権利に対する侵害である。

五  再抗弁(懲戒解雇権の濫用)

被告法人の就業規則五七条によれば、懲戒として調責、減給、昇級停止、懲戒解雇の五種類の処分が定められている。仮に原告の行状が被告らの主張する懲戒事由に当たるとしても、それに対する処分は、もっとも軽い譴責に処せられる程度に過ぎず、懲戒解雇に付するのは著しく均衡を失する。したがって、本件懲戒解雇は、懲戒解雇権の濫用であり、無効である。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は否認し、主張は争う。

【B事件】

一  請求原因

1 原告の雇用契約上の地位及び権利

(一) 教授会に出席し、議案の審議に参加する地位及び権利

本件大学の学則九条は、「教授会は、学長、教授、助教授及び講師をもって組織する。」と定め、本件大学の教授会規程二条は、「教授会は、専任の教授、助教授及び講師をもって構成する。」と定めている。

原告は、本件大学の専任講師に採用された昭和五九年四月以降、本件大学の教授会に出席し、本件大学の教学に関する重要な事項の審議に参加してきた。

教授会への出席は、一面において教員としての義務の側面を有しているが、他方、教授会に出席するということは、教員が大学の運営に参画するという大学教員としての重大な権利の側面を強く有しているものである。

したがって、原告は、本件大学の専任講師として、教授会に出席し、議案の審議に参加する地位と権利を有している。

(二) 別紙担当講義目録記載の各講義及び演習(以下、演習も含めて単に「講義」という。)を行う地位及び権利

本件大学における学生に対する講義の編成(講義の科目、講義の時間数、教員らのそれらの分担)は、毎年度ごとに、教務委員会が原案を作成し、教授会の審議を経て、最終的には学長が決定しているものの、原告は、本件大学の非常勤講師に就任した昭和五八年四月から一年間、ドイツ語(週二回)及び特講・アジア仏教文化史(週一回)の講義を担当し、また、本件大学の専任講師に就任した後の昭和六〇年四月から毎年度、別紙担当講義目録記載の各講義をそれぞれ現に担当してきた。

講義を担当することは、一面において教員としての義務の側面を有することは否定できないが、他方、教員の地位に基づく権利としての意味を有するものである。すなわち、大学の教員は、学生に対する講義等の準備のために自らの研究を深めてこれを整理し、また、学生からの質問や学生との意見交換の場等を通じて新たな発見や刺激を受け、そのような活動の繰り返しの中で教員自らの研究をより深いものとしているのである。

したがって、原告は、本件大学の学生に対し、別紙担当講義目録記載の各講義を行う地位と権利を有している。

(三) 勤勉手当の支払を請求する権利

被告法人は、本件大学の教員らに対して、勤勉手当の名目で、毎年六月一五日に基本給の〇・六か月分の金員、同じく一二月一五日に基本給の〇・六か月分の金員をそれぞれ支給している。

前記A事件で述べたとおり、右勤勉手当は、本件大学の教員らの賃金に当たる。したがって、被告法人が、昭和六二年六月一五日から平成元年一二月一五日までの間に、原告に対して支払うべき勤勉手当の額及び支払日は、別紙11の「勤勉手当」欄及び「支払日」欄記載のとおりである。

2 原告に対する懲戒処分(本件第一次処分)

(一) 教授会出席停止処分及び講義担当停止処分(本件各停止処分)

本件大学の臨時教授会は、昭和六二年四月七日、原告に対し、当分の間、教授会への出席を停止する旨、及び、当分の間、講義の担当を停止する旨の決議を行った。被告佐々木は、同月九日、原告に対し、右の決議の内容を伝えた。原告は、その後の教授会の招集通知を受けず、また、昭和六二年度新学期からの講義の担当を外された。

本件各停止処分は、いずれも原告の雇用契約上の権利を著しく侵害する不利益処分であり、実質上の懲戒処分である。

(二) 勤勉手当減額処分

被告法人は、原告に対し、別紙11の「支払日」欄記載の日に、同「支給金額」欄記載の各金員(それぞれ基本給の〇・三か月分に相当する。)を支払ったが、同「不足金額」欄記載の各金員(それぞれ基本給の〇・三か月分に相当する。)を支払わなかった。

原告は、被告法人に対し、勤勉手当として、別紙11の「支払日」欄記載の日に、同「勤勉手当」欄記載の各金員(それぞれ基本給の〇・六か月分に相当する。)の支払を求める権利を有するのであるから、原告は、同「不足金額」欄記載の金員について、勤勉手当の減額を受けたものであり、これは、原告の雇用契約上の権利を制約する懲戒処分に当たる(以下「本件勤勉手当減額処分」という。)。

本件大学の給与規程一九条によれば、勤勉手当のうち〇・六か月分については、勤務成績によって支給する旨の定めがある(右は、一年間を通じてのことであり、夏ないし冬の各支給期毎においては、〇・三か月分のみがその対象となる。)。しかしながら、本件大学においては、右規程にかかわらず、一般の教職員に対しては、特段の勤務査定等をすることなく、勤務(ママ)手当の全額を支給しているのが慣行であるから、勤勉手当を減額することは許されない。

また、原告には、他の一般の教職員らとの比較において、原告のみが勤勉手当を減額されるような勤務成績の不良等は全く認められない。

3 教授会出席及び講義担当の妨害

原告は、昭和六二年四月一〇日、教授会に出席しようとしたところ、議長である被告佐々木は、原告に対し、本件各停止処分の内容を読み上げて、教授会から退席するように求めた。その後、原告は、教授会の招集通知を受けていない。また、原告は、昭和六二年度新学期からの講義の担当をすべて外された。

4 被告法人及び同佐々木に対する損害賠償請求

(一) 被告法人の責任

本件第一次処分は、違法な懲戒処分であるから、被告法人は、本件第一次処分によって生じた原告の後記(三)(1)ないし(3)の損害を賠償する責任を負う。

(二) 被告佐々木の責任

原告は、本件第一次処分に至るまでの間、本件大学に対し、本件大学の執行部による専横的な学内運営を改善すべく、質問や批判を行ってきた。

被告佐々木は、同萩野及び同大竹と共謀して、このような本件大学の執行部に対する批判的立場の教員らの言動を封じ込めることを目的として、右教員らに対する見せしめのために、違法な本件第一次処分を強行したものである。したがって、被告佐々木は、本件第一次処分によって生じた原告の後記(三)(1)ないし(3)の損害を賠償する責任を負う。

(三) 原告の損害

(1) 慰謝料 金一〇〇万円

本件各停止処分によって、原告は、その名誉、人格を著しく傷つけられた。原告の受けた右精神的損害に対する慰謝料としては、少なくとも金一〇〇万円を下らない金額が相当である。

(2) 勤勉手当の減額相当額

本件勤勉手当減額処分によって、原告は、右減額相当額(別紙15の「不足額」欄記載の金員の額がこれに当たる。)の損害を負った。

(3) 弁護士費用 金五〇万円

原告は、本件第一次処分による違法状態の排除を求めるため、本訴の提起と遂行を弁護士三名に依頼したが、その弁護士費用中少なくとも金五〇万円は、被告法人及び被告佐々木の違法行為と相当因果関係にある損害といえる。

5 被告法人に対する名誉回復請求

被告佐々木、同萩野及び同大竹は、昭和六二年四月七日に開催された教授会の席上、一方的に不当な方法で収集した資料集を配布し、また、原告に十分な弁明の機会を与えずに、原告があたかも多くの非行を行ったかの如き一方的発言を繰り返して、原告を査問した。右資料集の中には、原告がその肩書きを詐称して日刊スポーツの記者に電話をした等被告佐々木らがねつ造したと思われる事実が記載されている。被告佐々木らによる右言動の結果、原告は大勢の同僚教員の面前で著しく人格を傷つけられ、その名誉を侵害された。被告佐々木らの右言動は違法であり、原告に対する不法行為に該当する。被告法人は、民法四四条及び七一五条により、右被告佐々木らの不法行為に基づく責任を負う。そして、右のように侵害された原告の名誉等の回復を図るためには、教授会の席上において、本件大学を代表する学長から陳謝文が読み上げられる必要がある。

6 よって、原告は、

(一) 原告と被告法人及び同佐々木との間において、本件大学の教授会の構成員としての地位に基づき、原告が本件大学の教授会の構成員であることの確認、

(二) 被告法人及び同佐々木に対し、本件大学の教授会に出席し議案の審議に参加する地位に基づき、原告が右教授会に出席し議案の審議に参加することの妨害の禁止、

(三) 原告と被告法人及び同佐々木との間において、原告が本件大学における別紙担当講義目録記載の各講義を行う地位に基づき、原告が右の各講義を行う地位を有することの確認、

(四) 被告法人に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、別紙11の「不足金額」欄記載の各金額に相当する各金員及び右の各金員に対する同別紙の「支払日」欄記載の日の各翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、

(五) 被告法人及び同佐々木に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、各自金一五〇万円、及びこれに対する昭和六二年七月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払、

(六) 被告法人に対し、被告佐々木、同萩野及び同大竹による不法行為に基づく名誉回復請求として、本件大学の教授会の席上において、本件大学の学長の名で、別紙陳謝文目録記載の陳謝文の読み上げ

をそれぞれ求める。

二  被告法人及び同佐々木の本案前の主張

1 訴えの利益

原告に対する本件各停止処分は、大学内部の事務的な手続の一環にすぎず、懲戒処分ではないのであるから、原告の法律上の地位又は権利に影響を与えるものではなく、そもそも訴訟になじまないものである。また、本件大学においては、学生に対する講義の編成(講義の科目、講義の時間数、教員らのそれらの分担)は、毎年度ごとに、教務委員会が原案を作成し、教授会の審議を経て、最終的には学長が決定するのであるから、講義の編成権は学長にあるのであって、原告のいう同人の講義権なるものは観念できない。

2 大学の自治と司法審査の可否

教授会への出席を認めるか否かは、教授会内部の問題であり、裁判所が介入する余地はない。しかも、教授会は大学の自治を担う中枢機関であるから、なおさら裁判所がその当否を判断する余地はない。また、教員に対し、どのような講義を持たせるかあるいは持たせないかは、大学内部の問題であり、その決定に対し裁判所が介入する余地はない。しかも、原告に講義を持たせないとする措置は、大学の自治を担う中枢機関である教授会の決議に沿った学長の措置であるから、なおさら裁判所がその当否を判断する余地はない。

3 以上のとおりであるから、請求の趣旨第1ないし4項の請求にかかる訴えはいずれも却下されるべきである。

三  被告法人及び同佐々木の本案前の主張に対する原告の反論

1 訴えの利益について

(一) 教授会に出席し、議案の審議に参加する地位及び権利

原告が、本件大学の専任講師として、教授会に出席し、議案の審議に参加する地位と権利を有していることは前記のとおりである。

(二) 別紙担当講義目録記載の各講義を行う地位及び権利

原告が、本件大学の学生に対し、別紙担当講義目録記載の各講義を行う地位と権利を有していることは前記のとおりである。

2 大学の自治と司法審査の可否について

本件大学もしくは被告法人には、教員が不利益処分を受けても、それに対する不服申立等の救済方法の制度は全くないのであり、原告が違法な懲戒処分の取消しを求めて裁判所に救済を求めるのは当然の権利行使である。大学といえども治外法権を有しているわけではなく、何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪われない以上、裁判所が処分の内容に立ち入った実質的な判断を行うことは当然のことである。

本件における裁判所の判断の対象は、教授会の決議の当否ではなく、これをも参考の一つとして行われた学長による懲戒処分の当否であるから裁判所は正面から本件各処分の違法性及びその当否につき判断を下すべきである。

四  請求原因に対する認否及び被告法人及び同佐々木の反論

1 原告の雇用契約上の地位及び権利について

(一) 教授会に出席し、議案の審議に参加する地位及び権利について

請求原因1(一)第一段及び第二段の事実は認める。

同第三段の主張は争う。原告を教授会に出席させるかどうかは、大学内部の事務的な手続の一環にすぎないから、原告の法律上の地位又は権利に影響を与えるものではないことは前記のとおりである。

(二) 別紙担当講義目録記載の各講義を行う地位及び権利について

請求原因1(二)第一段の事実は認める。

同第二段の主張は争う。原告に講義を担当させるかどうかは、大学内部の事務的な手続の一環にすぎないから、原告の法律上の地位又は権利に影響を与えるものではないこと、講義の編成権は学長にあることから、原告のいう同人の講義権なるものは観念できないことは前記のとおりである。

(三) 勤勉手当の支払を請求する権利について

請求原因1(三)第一段の事実は認める。

同第二段の事実のうち、勤勉手当として毎年六月一五日に支払う金員(基本給の〇・六か月分の金員)のうち基本給の〇・三か月分の金員、及び、同じく一二月一五日に支払う金員(基本給の〇・六か月分の金員)のうち基本給の〇・三か月分の金員については、本件大学の教員らの給与であることは認めるが、その余の金員(各基本給の〇・六か月分の金員のうち各基本給の〇・三か月分の金員)が、本件大学の教員らの給与であること否認する。被告法人においては、勤勉手当として、各支給日に支払う基本給の〇・六か月分の金員のうち、基本給の〇・三か月分の金員については、勤務成績によって支給することとしているのであるから、本件大学の教員らが、右の金員について当然に支払を求める権利を有するものではない。

2 原告に対する懲戒処分について

(一) 教授会出席停止及び講義担当停止処分(本件各停止処分)について

請求原因2(一)第一段の事実は認める。

同第二段の主張は争う。原告に対する本件各停止処分は、前記のとおり、原告の法律上の地位又は権利に影響を与えるものではないから、懲戒処分ではない。

(二) 勤勉手当減額処分について

請求原因2(二)第一段の事実は認める。

同第二段ないし第三段の事実のうち、本件大学の給与規程一九条によれば、勤勉手当中の〇・六か月分については、勤務成績によって支給する旨の定めがある(右は、一年間を通じてのことであり、夏ないし冬の各支給期毎においては、〇・三か月分のみがその対象となる)ことは認め、その余の事実は否認する。原告については、その勤務成績によって、右の金員を支給しないこととしたものにすぎないから、懲戒処分にはあたらない。

3 教授会出席及び講義担当の妨害について

請求原因3の事実は認める。

4 被告法人及び同佐々木に対する損害賠償請求について

(一) 被告法人の責任について

請求原因4(一)の主張は争う。

(二) 被告佐々木の責任について

請求原因4(二)第一段の事実のうち、原告が、本件各停止処分に至るまでの間、本件大学に対し、本件大学の執行部による学内運営について、質問や批判を行ってきたことは認め、その余の事実は否認する。

同第二段の事実は否認する。

(三) 原告の損害について

請求原因4(三)の事実のうち、(2)の損害については否認し、(1)及び(3)の損害については知らない。

5 被告法人に対する名誉回復請求について

請求原因5の事実はすべて否認する。

仮に、教授会おける構成員の発言に何か問題があったとしても、それについて被告法人が発言者に代わって謝罪するとか、発言者の責任を大学の責任として謝罪するということになれば、被告法人は、そのような発言がなされないよう教授会における構成員の発言を常に掌握・管理し、監視しなければならないという義務と権限を認めることになる。しかし、被告法人にかかる権限を認めることは、教授会における自由な討議を規制し、干渉することになり、大学の自治及び学門(ママ)の自治(ママ)の根幹をなす教授会の自治・自由を侵す極めて危険な考え方であり、理論上も到底認められるべきものではない。

五  抗弁(本件各停止処分の有効性)

1 本件各停止処分の根拠

(一) 教授会出席停止処分の根拠

教授会は、一つの組織体として、当然に、その構成員に対し、その構成員が教授会における審議内容を部外に漏洩し、又は、そのおそれが大であること、その他教授会に出席することがふさわしくない行状が顕著で、教授会の構成員として反省を要するような場合には、その出席を適当な期間停止させる権能を本来的に有している。

そして、本件大学の教授会は、昭和五九年七月一一日、教授会構成員は怪文書の配布、週刊誌等に対する情報提供、構成員のプライバシーなどを他に漏らすことなどを行わないこと、及び、これに違反した場合には、厳重な警告、事態が正常化するまでの教授会の出席の一時停止、除名並びに辞職勧告の処分を採ることが考えられる旨の要綱を決議し成立させている。原告の行状は、後記のとおり、右教授会要綱に違反するものであった。したがって、原告の教授会への出席停止という処分は、右教授会要綱に基づく処分である。

また、教授会への出席停止という処分は、大学ないし被告法人の処分ではなく、教授会の採った処分である。原告を当分の間教授会に出席させないという告知は、教授会の意思決定の内容を、教授会の議長たる被告佐々木が原告に伝えたものにすぎない。

(二) 講義担当停止処分の根拠

本件大学においては、学生に対する講義の編成は、教務委員会が原案を作成し、教授会の審議を経て、最終的には常務理事である学長が決定する。すなわち、本件大学における講義の編成権は学長にある。

したがって、原告に対する講義担当の停止という処分は、常務理事である学長が、教授会の意見を参考にしたうえで、原告の勤務態度等から判断して採った処分である。

2 本件各停止処分の理由

本件各停止処分は、以下のとおり、いずれも正当な理由に基づくものである。

(一) 無断休講

休講の場合、その理由を付して教務に届け、その届けに補講についても記載するようになっているが、原告は、昭和六一年五月二四日、それらの届けをしないで無断で休講したこと、学生に対する告知という意味においては、教務に届けを出し、掲示板に掲示する方法によるのでなければ不十分であることは、前記A事件記載のとおりである。原告は、これらの届けを全くせずに休講していることから、原告は、教育に不熱心であり、教員として不適格であるというべきである。

(二) 教授会の無断欠席

原告は、昭和六一年三月二六日の定例教授会、昭和六二年三月二五日の臨時教授会、昭和六二年三月二七日の定例教授会を、いずれも欠席した。

ところで、毎年三月末に行われる定例教授会は学生の進級の判定などの審議や新学期を迎えるに当たっての基本的な方針などが審議される重要な定例会議であり、昭和六二年三月二七日の定例教授会はこれに当たるものである。この定例教授会の日程は昭和六一年四月には決められていることであり、その日程及び重要性は原告も予め十分知悉していたはずであるが、原告はその重要な時期に帰省し、前記臨時教授会及び定例教授会を欠席したのである。このことから、原告は、教育に対する取り組みが極めて不熱心であるということができる。

(三) 出席(ママ)簿の押印不実施

前記A事件記載のとおりである。

(四) 無断欠勤

原告の出勤簿に押印のない期間は左記のとおりである。その余については、前記A事件記載のとおりである。

昭和五九年一二月一二日から昭和六〇年一月九日 一八日間(年末年始を除く)

昭和六〇年二月一日から同月一六日 一六日間

同年一〇月一日から同月一六日 一六日間

同年一二月一六日から昭和六一年一月一六日 二一日間(年末年始を除く)

昭和六一年三月一三日から同年四月一六日 三五日間

同年一〇月三一日から一一月二八日 二九日間

同年一二月二五日から昭和六二年一月三一日 二七日間(年末年始を除く)

(五) 研究室の移転拒否

A事件記載のとおりである。

(六) 肩書き詐称問題

原告は、肩書きを詐称して、日刊スポーツの記者に電話をした。

(七) 東北レポート新聞トウレポの記者との接触問題

前記A事件記載のとおりである。

(八) 朝日新聞記者との接触問題

原告は、昭和六二年三月一九日、江陽グラウンドホテルで、新聞記者と話し合いをしていた。

(九) 投棄文書問題

前記A事件記載のとおりである。

(一〇) 総合

以上のとおり、原告には、大学の職員及び教師として、多くの問題があることから、原告に対して猛省を促す必要がある。したがって、原告を本件各停止処分に処する十分な理由が存する。

3 本件各停止処分の手続

本件教授会では、原告に対して弁明の機会を与えた。前記投棄文書については、原告に対して事前に確認することを求めたが、原告に拒否された。

したがって、本件各停止処分の手続は、適正なものである。

六  抗弁(本件各処分の有効性)に対する認否及び原告の反論

1 本件各停止処分の根拠について

被告法人の就業規則五七条には、懲戒として譴責、減給、昇級停止及び懲戒解雇の五種類の処分が定められている。本件各停止処分は、いずれも右五種類の懲戒処分に該当しない処分であるから、就業規則に定めのない処分である。したがって、被告らの主張は、本件各停止処分の根拠となるものではない。

(一) 教授会出席停止処分の根拠について

抗弁1(一)第一段の事実は否認する。

同第二段の事実のうち、本件大学の教授会が、昭和五九年七月一一日、前記教授会要綱を決議し成立させたことは認め、その余の事実は否認する。

同第三段の事実は否認する。教授会出席停止については、教授会の招集通知は、被告法人の理事である学長が発するものであるから、右処分の主体が被告法人であることは明らかである。昭和六二年四月七日の臨時教授会において議決が採られたのは、「学長が就業規則に基づき懲戒処分を行う際には、参考として教授会の意見を微(ママ)さなければならない。」と定める就業規則六二条に準じた手続が採られたものにすぎない。

(二) 講義担当停止処分の根拠について

抗弁1(二)の事実は否認する。講義担当停止の処分主体は、被告法人である。

2 本件各停止処分の理由について

被告らの挙げる各事由は、以下に述べるとおり、本件各停止処分の正当な理由となるものではない。

(一) 無断休講問題について

抗弁2(一)については、前記A事件で述べたとおりである。

(二) 教授会の無断欠席問題について

抗弁2(二)の事実のうち、原告が、昭和六一年三月二六日、同六二年三月二五日及び同月二七日の教授会を、帰省のために、それぞれ欠席したこと、及び、教授会出席の重要性は認め、その余の事実は不知又は否認する。

教授会も、その審議の内容や、他の用事との比較の中で、場合によっては欠席ということも認められてしかるべきである。現に、本件大学においても、教授会のメンバー全員が教授会に出席するということは稀有の事態であった。

原告の前記欠席は、学生の春休みに実家の寺の手伝いのために帰省したことによるものであって、社会的に見ても、とりたてて非難されるような理由ではない。また、原告が欠席したことにより、教授会の審議事項である学生の進級判定に具体的な支障が発生したとは認められない。したがって、少なくとも、本件各停止処分のような重大な不利益を課する理由にはならない。

昭和六二年の教授会については、原告において、欠席届を提出しており、何ら非難されるべきところはない。なお、昭和六一年三月二六日の教授会については、原告において、あらかじめ欠席届を提出していないという事務手続上のミスがあったが、右の点については、昭和六一年の賞与の支給に際し、賞与から二〇〇〇円をカットするという形で既に処分が行われている。

(三) 出勤簿の押印不実施問題について

抗弁2(三)については、前記A事件で述べたとおりである。

(四) 無断欠勤問題について

抗弁2(四)の事実は否認する。

原告は、蔵書等の問題もあり、講義等のない日でもほとんど毎日大学に出勤し、自分の研究室で研究活動に従事していた。したがって、大学への長期欠勤という事実は存在しない。そのほかは、前記A事件で述べたとおりである。

(五) 研究室の移転拒否問題について

抗弁2(五)の事実については、前記A事件で述べたとおりである。

(六) 肩書き詐称問題について

抗弁2(六)の事実は否認する。この問題は、原告が、日刊スポーツに対し、本件大学の広報担当者であると称して、電話をしたというものである。しかし、右の事実は、全く存しないものであり、全くのでっちあげである。したがって、本件各停止処分の正当な理由とはなり得ない。

(七) 東北レポート新聞トウレポの記者との接触問題について

抗弁2(七)については、前記A事件で述べたとおりである。

(八) 朝日新聞記者との接触問題について

抗弁2(八)の事実は認める。

新聞記者と会うこと自体は、前記教授会要綱に照らしても何ら禁止されているものではないし、大学教員が必要に応じて新聞記者と面談することは日常的にもあり得ることである。したがって、この問題も、本件各停止処分の正当な理由となり得ないことは明らかである。

(九) 投棄文書問題について

抗弁2(九)については、前記A事件で述べたとおりである。

3 本件各停止処分の手続について

抗弁3の事実のうち、前記投棄文書については、原告に対して事前に確認することを求めたことは知らず、教授会において、原告に対する弁明の機会が与えられていたことは否認する。

本件各停止処分を採るためには、その前提として、原告がどのような事実を行ったかという事実関係を明確にすることが重要であり、そのためには、あらかじめ、原告に対し、本件各停止処分の理由とその資料を開示した上、原告から十分な弁解及び反証を受けることが必要不可欠である。そのためには、相当の期間と時間を必要とするとともに、調査委員会等を設けて、慎重に手続を進めることが必要である。

しかるに、前記投棄文書が発見されてから、昭和六二年三月二五日に臨時教授会の招集通知がなされるまでの間、原告に対しては、前記投棄文書の作成及び内容等について、何ら確認がされていない。原告は、同年三月二三日の卒業式に出席しており、大学執行部において、原告に対し確認をし、弁明を求めることは十分に可能であった。

また、昭和六二年四月七日の右臨時教授会で配布された資料集は、右臨時教授会の席で、初めて配布されたものであるところ、右資料集は二冊にわたる膨大な量のものであったため、原告は、その内容について十分に目を通す余裕のないまま、集中砲火的に質問を浴びることになったものである。前記五2(1)から(9)のような数多くの論点にわたり、このように膨大な資料を基に議論を行うのであれば、あらかじめ余裕を持って、資料の開示がなされるべきである。また、仮に、原告に対し、事前に資料を配布できなかったのであれば、教授会を続行する等して、改めて十分に原告の弁解を聞くべきである。本件では、資料の事前開示も、教授会の続行もされておらず、重大な手続違反が存する。

そのほか、本件教授会では、原告の反証がある旨の弁解に対して、右反証についての確認が全くなされていないこと、事件の一方的(ママ)当事者であり、証人的立場にあった被告萩野が教授会の議長を務めていること、審議の内容について、順序を追って整理をしないままに、質問及び意見が出されていることからも、適正な手続が採られたとはいえない。

さらに、本件各停止処分については、部科長会議において既に決められていたこと(右の部科長会議には、学長である被告佐々木は出席していなかった)、前記のとおり、原告の弁解が不十分であったにもかかわらず、教授会の続行の手続をせずに、強引に議決を急いでいること、同年四月一〇日に配布された学生便覧には、原告の講義が削除されていること等から考えると、本件教授会の審議は、結論先にありきの儀式にすぎなかったものというべきである。

七  再抗弁(懲戒権の濫用)

仮に、原告の行状が、被告らが主張するいずれかの事由に当たるとしても、それに対する処分として、本件第一次処分を採ることは均衡を失する。したがって、被告法人が原告に対して採った本件第一次処分は、懲戒権の濫用に当たる。

八  再抗弁に対する認否

原告の主張は争う。

第四(ママ)証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

【A・B事件】

まず、A・B事件の請求原因(当事者の基本的地位)及び経緯について認定する。

第一請求原因(当事者の基本的地位)について

請求原因事実はすべて当事者間に争いがない。

第二経緯

(証拠・人証略)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  昭和五九年四月一〇日から同年五月一三日までの間、新聞各紙において、「同大学(本件大学を指す。)の関係者の証言から授業料の全額または一部を免除する正規の特待生のほかに、教授会が関与しないスポーツ特待生がいることも明らかになった。この制度は、五四年度から始まったもので、正規の特待生が、二、三、四年生を対象に前年度の成績をみたうえで教授会が審議、決定するのに対し、スポーツ特待生は新入生ばかり。四年間の授業料のほか、入学金など初年度納付金が免除されるという。毎年約十人が、入学と前後して運動部の顧問教官を通じてリストアップされ、総務部長が決定しており」等といった記事(右記事で取り上げられた問題を、以下「スポーツ特待生問題」という。)、「東北福祉大学で、正規の学校会計預金口座のほかに、隠し口座のあることが十日、新聞社が入手した同大学の内部資料と関係者の証言から明らかになった。隠し口座の存在については、一部幹部のほかは知らされておらず、これら幹部の出張の際の支出や、飲食費などに充てられ、隠し口座の資金として後援会費を流用した疑いが持たれている。」等といった記事(右記事で取り上げられた問題を、以下「隠し口座問題」という。)、その他本件大学の管理運営上の問題に関する記事が掲載された。(<証拠略>)

2  本件大学では、昭和五九年五月一六日の教授会において、教授会の選任した委員によって構成される綱紀委員会が設けられ、教授会における言動に関する守秘義務の問題が話し合われた。その結果、右綱紀委員会は、要綱(案)と題する文書を作成し、同年七月一一日に開催された本件大学の定例教授会にこれを提案し、正式な教授会要綱として決議するよう求めた。右要綱(案)には、「1 本年四月以降の異常ともいえる事態を終息させるために、次のような確認並びに措置が必要である。」、「2(1) 事態を混乱させぬため、教授会の審議内容をみだりに教授会構成員以外に漏らさぬための守秘義務は、教授会構成員としての当然の責務であることを確認する。」、「(2) 怪文書の配布や週刊誌等に対する情報提供が、もし教授会構成員から行われたとするならば、極めて遺憾なことである。」、「(4) 教授会としては、教授会構成員について、(2)のような事実が明らかとなった場合、<1>厳重な警告、<2>事態が正常化するまで教授会出席の一時停止、<3>除名ならびに辞職勧告、等の措置が考えられる。その場合調査委員会を設けることが望ましい。」との記載があった。前記教授会は、これについて審議を行った結果、右要綱(案)を、正式な教授会要綱(以下「本件教授会要綱」という。)として定めることを可決した。(<証拠略>)

3  昭和五九年五月一一日、同年七月一八日及び昭和六〇年四月一九日、国会の衆議院文教委員会において、隠し口座問題が取り上げられた。(<証拠略>)

4  原告は、本件大学の非常勤講師に採用された昭和五八年四月から、図書館棟二階の仏教社会福祉研究所の教室を、自らの研究室として使用してきた。本件大学では、原告の研究室を、右の教室から一号館内の教室へと移転させることとし、昭和六一年三月下旬ころ、総務課の石田悟(昭和六一年四月一日に総務課長補佐となり、昭和六二年四月一日に総務課長となる。)が、研究室の移転を求めるため、原告の自宅に電話をかけたところ、原告は無届けで実家に帰省していたため、連絡を取ることができなかった。そこで、石田悟は、同年四月一日、原告に対して研究室の移転を求める旨記載した総務課長作成名義のメモを、原告のメールボックスに投函した。原告は、同月一〇日に開かれた教授会に出席した上で、昭和六一年度の学生便覧に原告の研究室として移転先の教室が既に記載されていたこと等を取り上げ、一方的な命令には応じられない旨の発言をした。本件大学は、原告に対し、昭和六一年四月一八日、同月末日までに研究室を移転するように通知したが、原告は、同月二四日、本件大学に対し、今回の研究室移転は一方的なものであり、原告との間の十分な合意の上のものではないため、応じることができない旨通知した。本件大学は、原告に対し、同年五月二日、研究室の移転を速やかに行うように通知し、また、石田悟は、同月八日、原告の研究室の扉に「告 至急一号館第六研究室の方に移転して下さい。五月八日 総務課長 川越講師殿」と記載された紙を貼った。本件大学は、その後も、原告に対し、度々研究室を移転するよう求めたが、原告は、昭和六二年四月までの約一年間、研究室の移転に応じなかった。(<証拠・人証略>)

5  昭和六一年六月末ころ、原告は、次の書面を入手した(その入手経緯及び入手した文書がコピーだったのか原本だったのかについては、原告と被告らとの間に争いがある。)。原告が入手した書面(以下「本件誓約書」という。)には、本件大学の野球部部長(被告大竹)及び野球部監督の作成名義で、本件大学に昭和六一年度に入学して、野球部に入部したある学生宛てに、「下記の条件にて入学していただきます。1.入学金免除 1.授業料免除(注)自分の意志(ママ)により退部した場合は、その時点で消滅します。故障し現役選手として活躍できなくても、マネージャー、新人監督、ノッカー等でまじめに野球部員として野球部に貢献すれば継続いたします。以上の事項をよく認識し、特待生は、他の部員の模範となるべく大学生活、野球部生活を送る義務を有することを自覚して下さい。万が一、上記の事項が守られず他の部員、及び野球部、大学に悪影響を及ぼす様な生活、行動をとった場合は、ペナルティー及び、条件解消の処置を取ることがあります。」と記載され、その後に、「誓約書」という表題の下、右学生及びその父親の作成名義で、「私くしは、定められた条項を守り、特待生として他の部員の模範となるような野球部生活を送り野球部の発展に寄与することをお約束致します。定められた条項を破った場合は、ペナルティー及び条件の抹消をされても意義(ママ)を申し上げません。昭和六〇年一二月二五日」と記載されていた。(<証拠・人証略>)

6  昭和六二年三月一二日午前一〇時ころ、当時総務課長補佐であった石田悟は、同月末に退官する教員の研究室の引き上げの手伝いをしていた際に、図書館棟二階の原告の研究室の近くの湯沸場にあったゴミ入れの中から、前記新聞報道で取り上げられたスポーツ特待生問題及び隠し口座問題に関する文書等(以下「本件投棄文書」という。)を発見し、当時学長であった被告佐々木宛てに報告した。

本件投棄文書の中には、「組版は、<1>横組 <2>サイズは1ページをB5版の大きさにする。<3>タイトルだけで表紙の表題とする <4>従って1ページ目は第1章から始まる。<5>各章のタイトルはできればゴチック体を使う <6>活字の大きさは9ポもしくは10ポ」との記載がされた文書、原稿用紙に「補遺:ベトナム女性の“特別奨学生”問題」との表題の下、昭和六二年二月一〇日付けの新聞において本件大学がベトナム難民の女性に対して入学金及び授業料を免除する旨の報道がされたことに触れた上で、被告萩野は、右報道前の記者会見において、ベトナム難民の女性に対する入学金及び授業料の免除は、本件大学において昭和五七年四月一日から施行されている特殊技能者等に対する奨学金給付金内規(以下「本件奨学金給付内規」という。)に基づくものである旨説明したとのことであるが、被告萩野の右説明には矛盾点があり、本件奨学金給付内規は、ねつ造されたものである疑いが強い等の記載がされ、欄外に「ゴチックタイトル」、「タイトルと本文との間一行アケル」、「一字下ゲ」等の記載がされた文書、被告大竹の行為が本件大学の学則及び教授会規程並びに日本学生野球憲章一三条に違反している旨の記載がされた文書、「東北福祉大学の経理上の疑惑点」という表題の下、被告大竹が裏口座を作り本件大学の金員を横領した旨の記載がされた文書、被告大竹の履歴が記載された文書、原告の担当する科目の定期試験問題入れの封筒等が含まれていた。(<証拠・人証略>)

7  当時学長であった被告佐々木、学長補佐であった被告萩野及び総務部長であった被告大竹は、原告が本件投棄文書を作成したものと考え、その記載からすると、原告がその内容を外部に公表し、又は公表しようとしているのではないかとの疑いを持った。そこで、被告佐々木は、本件投棄文書の問題等について話し合うための臨時教授会を開催することとし、昭和六二年三月二〇日、教授会の構成員らに対し、日時を同月二五日午後二時、議題を「当面する諸問題について」とする臨時教授会招集通知を発し、原告もこの通知を受け取った。(<証拠・人証略>)

8  原告は、昭和六二年三月二四日、同日から同年四月六日までの間、帰省のため欠勤する旨の届けを、石田悟を通じて総務課に提出した。石田悟は、原告に対し、電話で、臨時教授会においては原告に関係のある問題が話し合われる予定であることを伝え、臨時教授会に必ず出席するよう求めた。これに対し、原告は、既に航空券を手配してあること等を理由として教授会への出席を断った。そこで、右同日、石田悟は、原告が本件投棄文書を作成したのかどうかを確認するため、本件投棄文書を持参して、原告の自宅を訪れたが、原告は、本件投棄文書を見ることを断った。そして、原告は、同日から同年四月六日までの間、原告の実家である寺の法事を手伝うために山口県に帰省した。(<証拠・人証略>)

9  昭和六二年三月二五日、教員数七五名のうち六〇名が出席の上、臨時教授会が開かれた。右臨時教授会では、本件投棄文書に関する問題のほかに、原告が昭和六一年三月の定例教授会を無断欠席したとされる問題、原告が研究室の移転に応じない問題、原告が朝日新聞の記者と接触していたとされる問題等が指摘された。しかし、被告萩野は、原告がこの日の臨時教授会に欠席していたことから、同年四月の早い時期に、原告の出席を得た上で、改めて右各問題について話し合うための臨時教授会を開きたい旨を教授会構成員に伝え、右教授会は閉会となった。原告は、同日、右教授会に出席した教員らから、右教授会の審議内容を電話で伝えられた。(<証拠・人証略>)

10  昭和六二年三月二七日、教員数七五名のうち六七名が出席の上、卒業生の追加判定等を案件とする定例教授会が開かれたが、原告及び被告萩野は右教授会を欠席した。(<証拠略>)

11  当時学長であった被告佐々木は、昭和六二年四月二日ころ、教授会の構成員らに対し、開催日時を同月七日午後二時、議題を「当面する問題」とする臨時教授会招集通知を発した。また、それとは別に、同月三日、原告に対し、同月七日開催予定の臨時教授会における議題である「当面する問題」は、直接原告に関わる案件であるから、必ず出席するよう求める旨の通知を発した。(<証拠略>)

12  昭和六二年四月七日午前、被告萩野、被告大竹及び辻学部長らによる話し合いが行われ、原告に対してそれなりの強い処置を採るべきだという意見が出された。右話し合いの結果、原告に対して教授会出席停止及び講義担当停止も含めて何らかの処置を採ることで、一応の方向が決められた。(<証拠・人証略>)

13  昭和六二年四月七日午後三時、教員数七六名のうち原告を含む六六名が出席の上、臨時教授会が開かれた。右臨時教授会では、冒頭に、学長であり議長である被告佐々木の挨拶の後、被告佐々木からの指名を受けて、被告萩野が議長を代行する形で議事が進められた。

被告萩野は、議事を進行させる前に、資料として、原告の言動についての報告書、本件投棄文書の写し等を綴って製本した二冊の資料集(以下「本件資料集」という。)を、教授会構成員全員に配布した。本件資料集は、一冊目が一ページから八六ページ、二冊目が一ページから八七ページからなるものであり、本件資料集の一冊目の一ページ目には、「川越講師帰責事由項目」として、「1.無断長期不在、2.研究室の移転拒否、3.研究室の移転命令書の破棄、4.出勤簿の押印不実施、5.東北福祉大学広報担当者と肩書き詐称して日刊スポーツに電話、6.東北レポ熊谷記者との会合現場の目撃、7.朝日新聞平出記者との会合現場目撃、8.内部告発を裏付ける自筆書類の発見」と記載されており、右1ないし8の項目の後に、それぞれ「就業規則五九条」等、右6ないし8の項目の後に、それぞれ「教授会要綱違反」等と記載されていた。また、本件資料集の一冊目の二ページから二冊目の八七ページまでには、右の1から7(ママ)の項目の項目の順序で、それぞれの項目に関係のあると思われる文書が綴られており、右の1から7(ママ)の項目のうち、1では、原告が、昭和六一年三月から同年四月にかけて欠勤し、昭和六二年三月二四日から同年四月六日までの間、実家に帰省するため欠勤した問題等、2では、前記のとおり、原告が研究室の移転を拒否している問題、3では、2の問題に関連して、原告が、移転先とされた研究室に用意された表示板を取り外し、図書館棟の研究室に取り付けたとされる問題等、4では、原告が、出勤カードに出勤の都度押印をせず、何日分かをまとめて押印していたという問題、5ないし7では、それぞれの項目に挙げられたとおりの問題、8では、本件投棄文書に関する問題が取り上げられていた。そして、右1ないし5の各項目に関係のあると思われる文書の末尾には、それぞれ就業規則五九条等の写しが綴られ、右1ないし5の各項目に挙げられた原告の行状が就業規則のどの定めに該当するのかを示す印が付けら、(ママ)右7の項目に関係すると思われる文書の末尾には、本件教授会要綱の写しが綴られていた。

教授会の議事は、本件資料集の順序にほぼ従い、原告に対する前記1ないし8の各項目で取り上げられた問題について、被告萩野による説明、被告萩野及びその他の教授会構成員からの原告に対する質問、原告の答弁、被告萩野及びその他の教授会構成員(原告の立場を擁護する教員らも含む)の意見等という形で進められた。教授会は、午後五時一八分、前記1ないし7の項目まで議事が進行したところで休憩に入り、午後五時二七分に再開された後、次の休憩までの間、専ら前記6ないし8の項目で取り上げられた問題について、議事が進められた。

教授会は、午後七時四分、再度休憩に入り、午後七時四〇分に再開後、被告萩野は、原告を退席させた上で、教授会構成員に対し、原告の処遇についての意見を求めた。教授会構成員からは、何らかの処分を求める意見も出たが、具体的にどのような処分を行うべきかについては意見が出なかった。そこで、被告萩野は、同佐々木及び辻学部長らとの話し合いにおいて、ある程度の方向は考えているが、慎重を期すために、被告萩野、同佐々木及び辻学部長の三人で話し合いを行う旨を述べ、午後七時五五分、再び休憩に入った。

休憩の間、被告萩野、同佐々木及び辻学部長が話し合いを行った結果、原告の教授会への出席を停止し、原告の講義担当を停止することの賛否について、教授会の議決を求めることとした。午後八時五分、教授会は再開され、右賛否について、記名無記名を問わない形で、投票が行われたところ、賛成五四名、反対四名、白票三名という結果となり、被告佐々木はこの結果を判断の材料とする旨を述べて、教授会は午後八時三五分に終了した。なお、教授会の終了後、本件資料集は回収された。(<証拠略>)

14  被告佐々木は、同月九日、学長室において、原告に対し、同月七日の臨時教授会の議決に基づき、教授会の構成員として不適格であるので、当分の間、教授会出席を停止し、教育に携わるのにふさわしくないので、当分の間、授業担当から外す旨を言い渡し(本件各停止処分)、また、今後、マスコミその他に対する個人的な無責任な接触で大学に悪い影響を与えることは絶対慎むこと、出勤簿には必ず捺印すること、研究室の移転については、即刻移転に着手すること、及び、新しい研究室で学問研究に専念することを言い渡した(本件各注意事項)。(<証拠略>)

15  原告は、昭和六二年四月一〇日に開催された定例教授会に出席したところ、議長であった被告佐々木は、教授会の冒頭に、原告に対し、本件各停止処分の内容を読み上げ、教授会から退席するよう求めた。原告は、本件各停止処分について承服できない旨を述べた上で、右教授会を退席した。(<証拠略>)

16  本件各停止処分の後、原告に対して、教授会招集通知は発せられず、原告は、本件大学における講義を担当していない。また、被告法人は、原告に対し、昭和六二年六月一五日、同年一二月一五日、昭和六三年六月一五日、同年一二月一五日、平成元年六月一五日及び同年一二月一五日、別紙11の「勤勉手当」欄記載の金員のうち、同「支給金額」欄記載の金員を支払ったが、同「不足金額」欄記載の金員を支払わなかった。(当事者間に争いがない)

17  本件大学の教授及び助教授ら七名並びに原告は、昭和六二年四月二三日、仙台地方検察庁に対し、被告大竹及び同萩野を、背任及び業務上横領の嫌疑で告発した(本件告発)。

右背任の嫌疑の具体的内容は、「両名は、共謀の上、本件大学の野球部を中心とする体育部を強化して全国大会に出場させるなどし、もってそれぞれ自己の地位と名誉を守ることを企図して、自己の利益を図る目的をもって、その任務に背き、昭和五五年ころから同六一年度までの毎年度、教授会に諮ることなく、独断かつ秘密裏に、全国各地の高等学校卒業見込者中の野球の巧みな者に対し、入学金及び授業料全額免除の条件を提示して本件大学への入学を勧誘し、毎年度一〇名前後の者を正規の手続を得(ママ)ないで特待生として本件大学へ裏口入学させて、その入学金及び授業料を免除し、右免除した金額に相当する約金七〇〇〇万円の損害を本件大学に与えた。」というものであった。

また、右業務上横領の嫌疑の具体的内容は、「両名は、共謀の上、被告法人もしくは本件大学の他の機関に諮ることなく、独断かつ秘密裏に、昭和五五年三月一四日、部下である経理課長八木哲夫に命じ、被告法人の正規の銀行口座とは別に、八木哲夫名義の普通預金口座をつくらせたうえ、昭和五五年三月から同五九年五月までの間、本件大学の管理運営に必要な資金として、学生より徴収した入学金、授業料、施設設備準備金、教育研究振興会費、後援会費等の金員並びに文部省及び日本私学振興財団からの公的な補助金のうちから、前後三〇回にわたって、合計一九〇〇万円を、右口座に入金させ、右金員を業務上保管中、昭和五五年三月一四日ころから同五九年五月九日ころまでの間、前後六〇数回にわたり、クラブ、バー、料亭等の飲食代、旅費及び自宅建築代金等の自己の用途にあてるため、右口座から合計約一六〇〇万円を引き出し、もって横領した。」というものであった。(<証拠略>)

18  原告は、昭和六二年六月二六日、本件B事件の訴状を当裁判所に提出した。(当裁判所に顕著である。)

19  平成元年三月八日、教員数七一名のうち六五名が出席の上、「川越講師について」を議案とする臨時教授会が開催された。原告は右教授会に出席していない。右教授会において、被告佐々木は、本件各停止処分以後の原告の行状として、出勤カードに何日分かをまとめて押印することを続けていること、本件告発を行ったが不起訴処分になったことを取り上げ、原告に対し、これまで以上の処置を考えるべきでないだろうかと述べた。右教授会の議事が進んだ後、決議を行うにあたって、原告を教授会に呼ぶ必要があるかどうかについて挙手による採決がなされた結果、呼ぶ必要があるとする者が四名で、呼ぶ必要がないとする者が四四名であった。被告佐々木は、教授会として原告に対して辞職勧告をすることの賛否について、議決を求め、無記名による投票が行われた結果、賛成五六名、反対五名、白紙四名により、教授会として原告に対して辞職を勧告する旨の決議がされた。(<証拠略>)

20  平成元年三月一三日、被告法人は、理事会において、教授会の前項の決議を支持し、原告が教授会の辞職勧告決議に従わないときは、学長が懲戒解雇を決し、再度教授会の意見を徴した上で、理事会の了承を得ることとした。

被告法人は、平成元年三月一六日、同月二四日及び同年六月二七日の各日付で、原告に対し、学長室へ出頭するように通知したが、原告は右各通知に応じず、学長室へ出頭しなかった。(<証拠略>)

21  平成元年一〇月三日付けの新聞朝刊に、「問題の特別奨学金制度の適用を受けていたのはA選手(22)。A選手は、伊藤監督らと交わした誓約書については『よく覚えていない』としており、『署名は父の字ではないか』と話している。」、「日本学生野球協会では『問題がある』と判断したら調査に乗り出す考えだ。」との記事が掲載された。(<証拠略>)

22  本件大学の教授及び助教授ら六名並びに原告は、平成元年一〇月六日、日本学生野球協会及び全日本大学野球協会(ママ)に対し、「このたび明るみに出た本学野球部員の『特待生問題』が『日本学生野球憲章』第十三条に抵触すると考えますので、貴協会(又は貴連盟)の審査に資するため、以下にその理由を上申いたします。」と記載され、右上申の理由として、本件誓約書に記載された学生の名前を明記する形で、当時の野球部長(被告大竹)及び野球部監督が、学生及びその父親との間で本件誓約書を取り交わしていたことが記載された各上申書を提出した。(<証拠略>)

23  被告法人は、平成元年一一月二〇日、理事会を開催し、原告に対し、断固たる措置を採ることを決議した。(<証拠略>)

24  平成元年一二月一三日午後五時一〇分、教員数七二名のうち六五名が出席の上、臨時教授会が開催された。原告は右教授会に出席していない。右教授会においては、冒頭、議長である被告佐々木が、原告を懲戒解雇に処することを決定した旨、及び、就業規則に従い教授会の意見を聞く旨を述べ、資料が配られた。右資料には、まず、「川越講師の押印不実施(一括押印)ならびに業務命令違反」と記載された表紙の後に、原告が、本件大学の業務命令、本件各停止処分及び教授会の辞職勧告決議にもかかわらず、あえて出勤簿に一括押印を続けている行為は、就業規則六〇条一四号(一〇号に準じる)に該当する旨の記載された文書、昭和六二年九月一日から平成元年三月三一日までの期間における原告の一括押印回数等が記載された文書が綴られ、続いて、「川越講師の無断欠勤(昭和六三年三月二五日~四月七日 平成元年三月二四日~四月八日)」と記載された表紙の後に、原告が、本件各停止処分及び教授会の辞職勧告決議にもかかわらず、昭和六三年三月二五日から同年四月七日までの期間、及び平成元年三月二四日から同年四月八日までの期間、本件大学を無断欠勤した行為は、就業規則六〇条一四号(一〇号に準じる)に該当する旨、原告が、昭和六一年及び六二年の同時期に無断欠勤した行為は、就業規則六〇条二号に該当する旨が記載された文書が綴られ、さらに続いて、「全日本大学野球連盟に対する上申書の提出と刑事告発」と記載された表紙の後に、原告が、野球憲章に抵触する事実がないのに本件上申を行ったこと、数年前に本件誓約書を入手していながら教授会で釈明を求めずにその内容をマスコミに流布し裁判で使用したことは、就業規則六〇条六号に該当する旨、本件各停止処分を受けたにもかかわらず右行為を行ったことは、就業規則六〇条一四号(一〇号に準じる)に該当する旨、原告が学生の実名をあげたことは、教員としての適格性を欠くものである旨の記載がある文書、全日本大学野球連盟に対する前記上申書の写しが綴られていた。

被告佐々木は、原告の出席を得ないまま採決することについて反対する者の挙手を求めたところ、挙手した者は五名にとどまった。そこで、被告佐々木は、右教授会において採決をすることとし、無記名による投票が行われた結果、賛成五七票、反対二票、白票五票により、教授会として、原告の懲戒解雇に賛成する旨の決議がなされ、右教授会は午後七時一五分に終了した。(<証拠略>)

25  被告法人は、原告に対し、平成元年一二月一九日、原告の弁明を求めるため、同月二二日に学長室へ出頭するように通知したが、原告はこの通知に応じず、学長室へ出頭しなかった。(<証拠略>)

26  被告法人は、原告に対し、平成二年一月一七日付け解雇通知書をもって、原告を同日付で懲戒解雇する旨の意思表示をした。被告法人は、右解雇通知書の中で、懲戒解雇事由に該当する原告の行状として、無断欠勤を繰り返したこと、度重なる業務命令にもかかわらず就業規則に定められた押印を実施しなかったこと、正当な理由なしに研究室の移転を拒否して一年間にわたり固定資産並びに物品の管理及び運用に支障を及ぼしたこと、東北レポートの記者とゲラ刷り原稿を前に打ち合わせをし、その後右原稿の内容が東北レポート新聞に記載されて発刊されたこと、本件投棄文書を作成し、他人に了知し得る状態で捨てたこと、被告大竹らに対する告発は誣告罪に相当する行為であること、学生の実名の記載された誓約書を報道関係者に披瀝し、全日本大学野球連盟及び裁判所に提出したこと、本件各停止処分及び辞職勧告決議の後も、行動及び態度に何ら改まるところがなかったことを挙げ、該当する就業規則の条項として六〇条一、二、六、一〇、一一及び一四号を挙げた。(<証拠略>)

【A事件】

A事件における本件懲戒解雇が有効であるとすると、B事件における請求の趣旨第1ないし4項の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないことになるから、まずA事件について判断する。

第一本案前の判断

原告は、請求の趣旨第3項において、平成八年二月以降の賃金の支払を請求している。そこで、請求の趣旨第3項の請求のうち、本件口頭弁論終結の日である平成八年八月二七日の翌日以降将来の賃金の支払請求にかかる訴えについて判断する。

前記認定の経緯及び当審における被告法人の応訴態度等弁論の全趣旨に照らすと、本件口頭弁論終結の日の翌日から本判決が確定する日までの間については、被告法人が任意の支払に応じないおそれがあることが認められ、原告においてあらかじめ請求する必要性があることが認められる。しかしながら、本判決が確定する日の翌日以降については、被告法人が任意の支払に応じないおそれがあると認めるに足りないから、原告においてあらかじめ請求する必要性があると認めることはできない。

したがって、本判決が確定する日の翌日以降の賃金の支払請求にかかる訴えは、訴えの利益を欠くものというべきである。

第二本案の判断

一  本件懲戒解雇の有効性について判断する。

1 大学の自治と裁判所の審査権

憲法二三条は、大学における学問の自由を保障するために、大学における研究者の人事等に関して、いわゆる大学の自治をも保証(ママ)する趣旨の規定であると解されるところ、裁判所も国家機関の一つである以上、研究者の人事等大学の自治に関わる事項については、大学における自主的判断を尊重すべき場合があるということができる。もっとも、裁判所の審査がどの範囲及び限度まで及ぶかは、当該事項が大学の自治に関わる程度と当該事項において個人の受ける不利益の大きさとを比較して決するのが相当というべきである。

この点、本件懲戒解雇は、原告の本件大学における教職員としての地位自体を奪う処分であるから、本件大学内部における人事の問題にとどまるものとはいえないこと、被処分者たる原告にとっては、雇用契約上の地位及び権利のすべてを奪われる重大な不利益処分であることから考えると、裁判所は、被告法人が懲戒解雇権を行使する法的根拠の存在、本件懲戒解雇の理由とされた事実の存在、右事実が懲戒解雇事由に該当すること、及び、本件懲戒解雇の手続の適正について、大学の自治が関わらない場合と同様の審査及び判断を行うのが相当というべきである。

2 本件懲戒解雇の法的根拠

被告法人が、就業規則六〇条に基づき、原告を懲戒解雇したことは、当事者間に争いがない。(証拠略)によれば、被告法人の就業規則六〇条には、以下の各号の一に該当するときは懲戒解雇に処する旨の定めのあることが認められる。

第一号 正当な理由なしに欠勤が引き続き一六日以上に及んだとき。

第二号 正当な理由なしにしばしば遅刻、早退又は欠勤したとき。

第三号 他人の業務遂行を妨げたとき。

第六号 故意又は重大な過失によって学園に損害を与えたとき。

第八号 刑法その他諸法令に触れ、その情重いとき。

第一〇号 数回訓戒、懲戒を受けたにもかかわらず、なお改悛の見込みがないとき。

第一一号 不正の行為をして学園の名誉を汚したとき。

第一二号 故意に作業能率を阻害したとき。

第一四号 その他前各号に準ずる程度の行為のあったとき。

3 懲戒解雇事由に該当する事実

後記のとおり、本件各停止処分は、いずれも原告の雇用契約上の法的利益を制限する処分であるところ、本件懲戒解雇の理由とされる事実のうち、本件各停止処分の理由とされた事実については、原告は、それらの事実を理由に、教授会出席停止及び講義担当停止という不利益処分を現に受けているのであるから、一事不再理の原則から考えて、再び同じ事実を取り上げて本件懲戒解雇の理由とすることは許されないものといわなければならない。なお、後記のとおり、本件教授会出席停止処分は、原告の行為に対する秩序罰としてのみ行われたものであるということはできないが、少なくとも、本件教授会出席停止処分の理由として、原告の秩序違反行為が挙が(ママ)られている以上、原告の行為に対する秩序罰として行われた側面もあることは明らかであるから、一事不再理の原則が働くことに変わりはないものというべきである。

以下、本件懲戒解雇の理由として挙げられた各事実毎に判断する。

(一) 出勤簿の押印不実施問題

(1) この問題は、前記認定のとおり、本件各停止処分の理由ともされている。したがって、本件懲戒解雇の理由となり得るのは、本件各停止処分以降における出勤簿の押印不実施の点に限られることになる。

(2) 就業規則六〇条一〇号の「数回訓戒、懲戒を受けたにもかかわらず、なお改悛の見込みがないとき」という規定の効力について判断する。

この点、右規定が、反省をしないことそれ自体を懲戒事由とする趣旨であれば、処分を受けた者が処分を不服として争うこと自体を否定することとなり、また、過去に懲戒を受ける理由となった事由を再度問題とする趣旨であれば、一事不再理の原則に反することとなり、いずれも不合理であるから、右規定は、過去に懲戒を受ける理由となった行為と同様の行為を反復して行い、その情状が特に重い場合に、懲戒解雇事由とすることを定めたものと解すべきである。したがって、就業規則六〇条一〇号の定めは、右の限度で、本件懲戒解雇の根拠となるものというべきである。

(証拠略)によれば、被告法人の就業規則には、日曜日、国民の祝日、夏期休日(八月一日より八月三一日まで)及び冬期休日(一二月二六日より一月五日まで)を休日とする旨、並びに、教員は出勤の際には「出講簿」(「出勤簿」、「出勤カード」は、この「出講簿」に当たるものである。)に捺印をしなければならない旨の定めのあることが認められる。また、(証拠・人証略)によれば、原告は、本件各停止処分の前後を通じて、出勤カードに出勤の都度の捺印を行わず、何日分かをまとめて捺印していたこと、石田悟は、原告に対し、昭和六二年一月及び二月ころ、数回にわたって、出勤の際は必ず出勤簿に押印するように注意をしたこと、原告は、出勤カードにまとめて捺印をしていたことを理由に、本件各停止処分を受けたこと、本件各停止処分の後、本件大学は、原告に対し、数回にわたって、出勤カードには出勤の都度捺印をするよう求めていたこと、原告は、少なくとも本件各停止処分の後においては、本件各停止処分に対する抗議の一環として、あえて出勤簿にまとめ押しをしていたことが認められる。

右の事実によれば、原告が、本件各停止処分の以後、出勤カードに何日分かをまとめて捺印していた行為は、過去に懲戒を受ける理由となった行為と同様の行為を反復して行った場合に当たるということができ、再三の注意にもかかわらず、あえて繰り返し行ったものであるという点で、その情状は必ずしも軽いものではないということができる。しかしながら、次に述べるとおり、原告が出勤カードにまとめて捺印していたことによって、被告法人の業務に重大な支障が生じたとまではいえないことから考えると、懲戒解雇に処するほど特に情状が重いということはできない。したがって、就業規則六〇条一〇号に該当するということはできず、また、同条一四号の「その他これに準ずる程度の行為があったとき」に該当するということはできない。

(3) 就業規則六〇条一二号の「作業能率を阻害したとき」とは、懲戒解雇という最も重い懲戒処分の事由とされていることから考えると、被告法人の業務に重大な障害を生じさせた場合に限るものと解すべきである。

この点、一般に、大学の教員は、大学の一般職員とは異なり、研究を行う場所及び時間について必ずしも厳格に拘束されるものではないといえること、(証拠・人証略)の証言によれば、本件大学の教員の中には、出勤すべき日のうち四〇ないし六〇パーセント程度しか押印を行っていない教員も少なくなかったと認められることから考えると、被告法人において、教員の出勤状況を厳密に把握しなければ、その業務に重大な影響が生じたとまでは認め難い。したがって、原告が出勤カードに何日分かをまとめて捺印していた行為が、就業規則六〇条一二号に該当するということはできない。

また、被告らは、日本私学振興財団から私学助成金を受けることは、本件大学の経営にとって極めて重要な意味を有するところ、日本私学振興財団は、教員の出勤状況を把握するために、出勤簿への押印の有無を、監査の対象としている旨主張するところ、(証拠・人証略)によれば、原告の出勤カードには、以下の期間について、捺印されていない日があったことが認められる。

(捺印されていない期間)

昭和六三年三月二四日(木)から同年四月七日(木)まで

同年五月一日(日)から同月一六日(月)まで

同年一二月二四日(土)から平成元年一月一六日(月)まで

平成元年三月二四日(金)から同年四月八日(土)まで

同年五月一日(月)から同月一六日(火)まで

同年九月一日(金)から同月二二日(金)まで

同年一二月一四日(木)から平成二年一月一六日(火)まで

しかしながら、日本私学振興財団が、被告法人に対する監査の結果、原告の出勤カードに押印していない期間があったことを問題としたと認めるに足りる証拠はないから、私学助成金を受けるにあたって、被告法人の業務に重大な障害が生じたと認めることはできない。したがって、原告の出勤カードに押印漏れがあったという問題が、就業規則六〇条一二号に該当するということはできない。

(二) 無断欠勤問題

(1) この問題は、前記認定のとおり、本件各停止処分の理由ともされている。したがって、本件懲戒解雇の理由となり得るのは、本件各停止処分以降における無断欠勤の点に限られることになる。

(2) (証拠略)によれば、本件大学の就業規則には、教職員が病気その他やむを得ない事情によって欠勤するときは、あらかじめその理由と予定日数を総務課に届け出なければならない旨の定めがあることが認められる。

原告の出勤カードには、前記(一)認定のとおり、捺印されていない日があったところ、被告らは、出講簿に捺印されていない日については、欠勤とみなされる旨主張する。

しかしながら、前記のとおり、原告は出勤カードにまとめて捺印をしていたところ、(証拠・人証略)によれば、出勤カードには、毎月一日から一六日までのカードと、毎月一七日から末日までのカードがあり、〇・五か月ごとに新しいカードと差し替えられていたこと、そのため、出勤カードが差し替えられた後においては、差し替え前の部分について、まとめて捺印をすることができなかったことが認められるから、毎月一日から一六日までのカードについて一六日以前の部分に連続して捺印がない場合、及び毎月一七日から末日までのカードについて末日以前の部分に連続して捺印がない場合には、むしろ差し替えによって捺印ができなかったことが推認されるのであって、出勤カードに捺印されていないからといって、その日に原告が欠勤していたと推認することはできないものというべきである。したがって、原告の出勤カードに捺印がない期間のうち、昭和六三年五月一日(日)から同月一六日(月)までの期間、同年一二月二四日(土)から平成元年一月一六日(月)までの期間、平成元年五月一日(月)から同月一六日(火)までの期間、同年九月一日(金)から同月二二日(金)までの期間のうち九月一八ないし二二日を除く日、同年一二月一四日(木)から平成二年一月一六日(火)までの期間については、原告が欠勤していたと推認することはできない。

以上によれば、原告が引き続き一六日間以上にわたり欠勤したと認めることはできないから、原告の行為が就業規則六〇条一号に該当するということはできない。

(3) 前記のとおり、原告は、昭和六二年三月二四日から同年四月六日までの間、実家の寺の手伝いのため帰省したこと、後記のとおり、原告は、昭和六一年の同時期にも、同じ理由で帰省したことから考えると、原告の出勤カードに捺印がない期間のうち、昭和六三年三月二四日(木)から同年四月七日(木)までの期間、及び平成元年三月二四日(金)から同年四月八日(土)までの期間については、原告が、実家の寺の手伝いのために帰省して、本件大学を欠勤したことが推認される。原告の右欠勤は、本件大学外で研究を行う等の理由によるものではなく、実家の寺の法事等を手伝うためという私的な理由によるものであって、実家の寺の法事等を手伝う緊急の必要性があったとも認められないから、正当な理由による欠勤には当たらないことは明らかである。したがって、原告の右欠勤は、就業規則六〇条二号の「正当な理由なしにしばしば欠勤したとき」に該当するといわざるを得ない。

(4) 就業規則六〇条六号の「学園に損害を与えたとき」とは、懲戒解雇という最も重い懲戒処分の事由とされていることから考えると、何らかの重大な損害を生じさせた場合に限るものと解すべきである。

この点、原告は、昭和六二年四月九日、被告佐々木から本件各停止処分の通告を受け、その後、教授会招集通知を受けず、何らの講義も担当していなかったのであるから、昭和六三年三月二四日(木)から同年四月七日(木)までの期間、及び平成元年三月二四日(金)から同年四月八日(土)までの期間において、原告の担当すべき講義はなく、原告の出席すべき教授会もなかったということができる。したがって、原告の昭和六三年及び平成元年の前記欠勤によって、被告法人に何らかの重大な損害が生じたということはできないから、原告の右欠勤が、就業規則六〇条六号に該当するということはできない。

(5) 後記のとおり、原告は、昭和六二年三月二四日から同年四月六日までの期間、同じ理由で欠勤し、その間の教授会を欠席したことを理由として、本件講義担当停止処分を受けたことから考えると、原告の昭和六三年及び平成元年の前記欠勤は、過去に懲戒を受ける理由となった行為と同様の行為を反復して行った場合に当たる。しかしながら、前記のとおり、昭和六三年三月二四日(木)から同年四月七日(木)までの期間、及び平成元年三月二四日(金)から同年四月八日(土)までの期間において、原告の担当すべき講義はなく、原告の出席すべき教授会もなかったといえることから考えると、その情状は特に重いということはできないから、原告の前記欠勤が、就業規則六〇条一〇号に該当するということはできず、また、同条一四号に該当するということもできない。

(6) なお、(証拠略)よれば、本件大学の就業規則には、「教職員が年次有給休暇をとるときは一〇日前までに学長に請求しなければならない。」との定めがあることが認められるところ、原告が、年次休暇の時期として、右各期間を指定する旨の意思表示をしたと認めるに足りる証拠はないから、右各期間の欠勤が、年次休暇を利用したものであると認めることはできない。

(三) 無断休講問題

本件大学の就業規則には、教員が病気その他やむを得ない事由によって休講するときは、あらかじめ教務部を経て総務課に届けを出さなければならない旨の定めがあることは前記のとおりであるところ、(証拠・人証略)によれば、原告は、昭和六一年五月二四日、宮城学院女子大学で行われた東北インド学宗教学会学術大会に出席するため、右の届けを出さずに授業を休講にしたことが認められる。

しかしながら、学会に出席するために授業を休講にすることは、正当な理由によるものということができるし、(証拠・人証略)によれば、原告は、事前の授業で、学生に対して休講の通知をしており、昭和六一年五月二四日の原告の講義の時間には、教室に学生の姿がなかったと認められることからすると、学生にとって特段の不都合が生じたということもできないから、原告が前記授業を休講にした行為が、就業規則六〇条二号又は六号に該当しないことは明か(ママ)である。

(四) 研究室の移転拒否問題

この問題は、前記認定のとおり、本件各停止処分の理由ともされている。したがって、本件懲戒解雇の理由とはなり得ない。

(五) 東北レポート記者との接触問題

この問題は、前記認定のとおり、本件各停止処分の理由ともされている。したがって、本件懲戒解雇の理由とはなり得ない。

(六) 投棄文書問題

この問題は、前記認定のとおり、本件各停止処分の理由ともされている。したがって、本件懲戒解雇の理由とはなり得ない。

(七) 刑事告発問題

(1) 原告及び本件大学の教員ら(以下「本件告発人ら」という。)が、昭和六二年四月二三日、被告大竹及び同萩野を背任及び業務上横領の嫌疑で仙台地方検察庁に告発したことは当事者間に争いがなく、本件告発の具体的な内容については前記のとおりである。

(証拠略)によれば、仙台地方検察庁は、昭和六三年一一月一日、本件告発にかかる背任の事実について嫌疑なし、業務上横領の事実について嫌疑不十分を理由として、いずれも不起訴処分としたこと、原告らは、平成二年三月一五日、右検察官の不起訴処分を不相当として、仙台検察審査会に対し、審査の申立てを行ったこと、仙台検察審査会は、平成三年一月三〇日、右検察官の不起訴処分について、被告大竹に対する業務上横領の事実についての不起訴処分は相当でなく、その余の事実についての不起訴処分は相当である旨の議決を行ったこと、検察官は、被告大竹に対する業務上横領の事実について、再捜査を行い、平成三年四月二三日、再度嫌疑不十分で不起訴処分としたことが認められる。

(2) 告発は、被告発人等の名誉を損なうおそれがある行為であるから、告発を行う者は、犯罪の嫌疑をかけるのに相当な合理的資料があることを確認すべき注意義務を負うものというべきである。したがって、原告が、本件告発を行うにあたり、犯罪の嫌疑をかけるのに相当な合理的資料があることの確認を著しく怠っていた場合には、就業規則六〇条六号の「重大な過失」に該当するということができる。そこで、本件告発について、原告が、嫌疑をかけるのに相当な合理的資料があることの確認を著しく怠っていたか否かの点について判断する。

<1> 背任の嫌疑について

(証拠略)によれば、原告を含めた告発人らは、本件告発の資料として、本件大学の学則、教授会規程及び事務分掌規程、被告法人の経理規程、本件大学の昭和五八ないし六二年度の推薦入学要項、被告法人の昭和五六年度、昭和五八ないし六〇年度の資金収支計算書、昭和五六ないし六一年度の特待生の名簿、昭和五九年四月一〇日付の読売新聞及び河北新報、並びに、本件誓約書等を有していたことが認められる。

そして、(証拠略)によれば、以下の事実が認められる。

a 本件大学の学則には、学生のうち学術優秀、品行方正な者を選考の上、特待生として、授業料の全部又は一部を免除することができる旨の定めがあり、本件大学の教授会規程には、特待生の決定に関する事項は教授会の審議事項とする旨の定めがある。本件大学の事務分掌規程及び被告法人の経理規程には、総務部経理課が予算及び決算に関する事務を分掌し、学長を法人の経理責任者とする旨の定めがある。

特待生に対する授業料の免除は、本件大学会計における「教育研究費」という支出科目の中の「奨学費」という支出科目において会計処理される。

昭和五六年度において、教授会が決定した特待生に対する授業料の免除の総額は一七四万円であったのに対し、被告法人の資金収支計算書に前記「奨学費」の支出として記載されている額は九七六万五七二〇円であり、右「奨学費」の支出の内訳で特待生に対する支出額として記載されている額は八六七万円である。昭和五八年度において、教授会が決定した特待生に対する授業料の免除の総額は二〇五万円であったのに対し、被告法人の資金収支計算書に前記「奨学費」の支出として記載されている額は一二六三万四六六〇円であり、右「奨学費」の支出の内訳で特待生に対する支出額として記載されている額は一二一九万一五〇〇円である。昭和五九年度において、教授会が決定した特待生に対する授業料の免除の総額は二三〇万円であったのに対し、被告法人の資金収支計算書に前記「奨学費」の支出として記載されている額は一六一七万六〇五〇円であり、右「奨学費」の支出の内訳で特待生に対する支出額として記載されている額は一六一二万五二〇〇円である。昭和六〇年度において、教授会が決定した特待生に対する授業料の免除の総額は一九五万円であったのに対し、被告法人の資金収支計算書に前記「奨学費」の支出として記載されている額は二一七六万三〇二〇円であり、右「奨学費」の支出の内訳で特待生に対する支出額として記載されている額は二一五五万五六〇〇円である。

b 昭和五九年四月一〇日付けの読売新聞に、本件大学の関係者の供述として、本件大学において入学金及び授業料を免除するスポーツ特待生制度が昭和五四年度から始まった旨の記事が掲載され、同日付けの河北新報にも、被告法人の理事会において、一部の運動選手について学費を免除するスポーツ特待生制度を創設し、昭和五三年ころから実施している旨の記事が掲載された。

c 本件奨学金給付内規には、「第1条(趣旨)この制度は、本学の知名度の向上及び学内の活性化に資することを目的とし、本学入学試験合格者の中から特殊な技能を持つ者・特殊な事情を有する者等に対する奨学のために設けるものである。第2条(対象者の範囲)対象者の範囲は、心身共に健全な特殊な技能を持つ者・特殊な事情を有する者等のうち、経済的理由により就学困難と認められ、かつ本制度の適用を希望する者とする。第3条(選抜法(ママ)法)対象者のうちから重点部長等関係者の推薦する候補者につき、学長(常務理事)の決済(ママ)により決定する。第4条(奨学額)本制度の適用者には、在学中学費相当額以内の額につき援助をするものとする。附則 この内規は、昭和五七年四月一日より施行する。」との記載がある。

本件大学は、昭和六二年四月七日に開かれた臨時教授会において、本件奨学金給付内規を、教授会構成員に対し、本件資料集の中で示したが、それまでの間、本件奨学金給付内規の存在を、本件大学の教授会に対して示したことはなかった。本件奨学金給付内規は、被告法人の規程集、本件大学の学生に対する昭和五八ないし六二年度の入学試験要綱に登載されていなかった。また、前記のとおり、昭和五九年四月以降、本件大学のスポーツ特待生制度の疑惑が報道されたことから、昭和五九年四月当時の教授会においてスポーツ特待生制度の問題が取り上げられたにもかかわらず、被告萩野らは本件奨学金給付内規の存在について何ら説明しなかった。

d 本件告発人らは、昭和五七年四月一日当時学長であった後藤秀弘及び経理課長であった八木哲夫に対し、スポーツ特待生制度又は本件奨学金給付内規の存在を知っているか確認したところ、いずれも知らないとの回答を得ていた。

e 本件誓約書には、前記のとおり、本件大学の野球部部長(被告大竹)及び野球部監督の作成名義で、入学金及び授業料を免除する旨の記載がある。

以上の事実を総合すれば、仮に本件奨学金給付内規が正式な制度として昭和五七年四月一日から施行されていたとしても、それ以前である昭和五六年度において、教授会が決定した特待生に対する授業料免除の総額を超える金額が、特待生に対する支出額として会計処理されていたことからみて、スポーツ特待生制度が、本件奨学金給付内規の施行以前から存在していたと考えられないことはないし、昭和五九年四月、新聞各紙でスポーツ特待生問題に関する報道がされたにもかかわらず、本件大学側が、教授会に対し、本件奨学金給付内規の存在及び内容について何ら説明しなかったのは不自然であること、本件告発人らが、昭和五七年四月一日当時に本件大学の学長であった者から、本件奨学金給付内規の存在について知らないとの回答を得ていたことからすると、本件奨学金給付内規が、正式な制度として昭和五七年四月一日から施行されていたことにも疑いがあると考えられないこともない。そうすると、特待生に対する支出額として会計処理された金額のうち、教授会が決定した特待生に対する授業料免除の総額を超える金額については、その支出の根拠が必ずしも明らかではないということができるから、背任の嫌疑について、合理的な根拠が全くなかったということはできない。

<2> 業務上横領の嫌疑について

(証拠略)によれば、原告は、本件告発の資料として、本件大学の事務分掌規程、被告法人の経理規程、本件大学の昭和五八ないし六二年度の推薦入学要項、本件大学の後援会の会計規程、昭和五二及び五三年度の後援会収支決算書、昭和五四、五六ないし五八年度の後援会収支予算書、昭和五五年度の後援会当初予算書、第一〇一及び一〇二回国会衆議院文教委員会議録(ママ)、八木哲夫名義の普通預金通帳の写し、八木哲夫から原告代理人に宛てた信書等を有していたことが認められる。

そして、(証拠・人証略)に弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

a 昭和五五年三月一四日、八木哲夫名義の銀行預金口座が開設された(以下「本件口座」という。)。本件口座には、昭和五六年四月一七日に一五八万八八八〇円(以下「本件一五八万八八八〇円」という。)、昭和五七年六月一八日に四四〇万円(以下「本件四四〇万円」という。)、昭和五七年一〇月二二日に七〇万円(以下「本件七〇万円」という。)等の入金があった。また、本件口座からは、度々の出金があった。

b 被告法人の事務分掌規程には、総務部経理課が予算及び決算に関する事務を分掌する旨の定めがあり、本件大学の後援会会計規程には、被告法人の経理課長の職にある者が会計に関する事務を行う旨の定めがある。八木哲夫は、昭和四七年から昭和五九年までの間、被告法人の経理課長の職にあった。

本件告発人らは、昭和五九年五月ころから本件告発に至るまでの間、数回にわたり、八木哲夫から事情を聴取した。八木哲夫が原告代理人に宛てた昭和六二年一月二〇日付の書簡(<証拠略>)の中には、本件口座は、本件大学の野球部に関係するものではなく、八木個人の口座でもない旨、上司である被告大竹の指示により開設した口座であり、被告大竹個人の便宜のために使用されたものと考えられる旨、本件口座の出納はすべて被告大竹の指示に従ったものである旨、指定宿舎準備費は被告大竹の命令により本件口座に移した上、セミナーハウスの備品に使用すると称して一年間ですべて使い果たした旨の記載がある。

ところで、八木哲夫が昭和六二年三月七日付で被告佐々木に宛てた書面(<証拠略>)には、右書簡(<証拠略>)に記載した内容は、ほとんど記憶にない事柄であり、責任がもてない旨の記載があり、(人証略)は、右書簡(<証拠略>)は、八木哲夫が自発的な意思で書いたものではない旨証言している。

また、(証拠略)によれば、昭和六〇年四月一九日に開催された衆議院文教委員会において、某衆議議(ママ)員が、八木哲夫の同衆議院議員に宛てた昭和六〇年四月八日付けの上申書を示して質問を行ったこと、右上申書には、本件口座は、本件大学の野球部に関係するものではない旨、被告大竹の命令により開設した口座である旨、本件口座の出納はすべて被告大竹との間で行われていた旨、本件一五八万八八八〇円は後援会会費のうちの教務部助成金の使い残し金である旨、及び、本件四四〇万円の入金に関する詳細な経緯を説明する内容の記載があったことが認められるところ、八木哲夫が昭和六〇年四月二三日付けで本件大学の学長に宛てた書面(<証拠略>)には、右上申書を作成した経緯として、右上申書は、前記衆議院議員及び本件告発人の一部の者らによって提出するように迫られたものであって、任意に上申したものではない旨、本件四四〇万円の入金に関する経緯については記憶になかった旨の記載があることが認められる。

そこで、八木哲夫が原告代理人に宛てた前記書簡(<証拠略>)の内容について、八木哲夫が自発的な意思に基づき記載したものであるかについて検討する。

八木哲夫が本件大学の学長に宛てた昭和六〇年四月二三日付けの書面(<証拠略>)の中には、前記のとおり、本件四四〇万円の入金に関する経緯の点については、記憶になかった旨の記載があるが、本件口座が本件大学の野球部に関係するものではない点、被告大竹の命令により開設した口座である点、本件口座の出納はすべて被告大竹との間で行われていた点、本件一五八万八八八〇円は後援会会費のうち教務部助成金の使い残し金である点については、これを否定したり、記憶になかったとする旨の記載がないことが認められる。

また、八木哲夫が会計検査院及び前記衆議院議員に宛てた昭和五九年一〇月四日付の書簡(<証拠略>)には、本件口座は被告大竹の指示により開設したものである旨、本件一五八万八八八〇円は後援会における昭和五五年度教務部助成金の繰越残金を振り込んだものである旨、本件口座は本質的には野球部とは無関係なものであり、被告萩野及び同大竹の規定外の支出等に使用されたものと思われる旨、本件四四〇万円の経緯については衆議院文教委員会(昭和五九年五月一一日及び同年七月一八日に開催されたもの。)の議事録を見て初めて知った旨の記載があることが認められる。

以上の事実によれば、八木哲夫が前記衆議院議員に宛てた昭和六〇年四月八日付けの上申書に記載されていた本件四四〇万円の入金の経緯に関する詳細な事実は、必ずしも八木哲夫自身の体験に基づくものではないことが窺われるが、(証拠略)の内容のうち、本件口座が本件大学の野球部に関係するものではなく、八木個人の口座でもない点、上司である被告大竹の指示により開設した口座であり、被告大竹個人の便宜のために使用されたものと考えられる点、本件口座の出納はすべて被告大竹の指示に従ったものである点については、八木哲夫が自発的な意思に基づいて記載したものであることが認められる。

c 本件大学の後援会会計は、昭和五五年度においては、学生一人当たり年間約一万六〇〇〇円の会費を徴収して主な予算としていた。本件大学は、文部省に対し、本件一五八万円八八八〇円について、昭和五五年度の後援会会計の予算支出の中の教務部助成金の決算時における未払金である旨説明したが、教務部助成金の決算残額は、決算において未払金として計上するか、翌年度に繰越金として計上するのが本来の会計原則に基づく会計処理である。

d 昭和五五年一月ころ以降、後援会会計における教務部助成金は、後援会会計から本件大学の会計に移され、その後、本件大学の会計から、教員に対する研究費及び特別補助事業の研究補助費等として支出されていたところ、本件大学の後援会会計における教務部助成金を後援会会計から出金する時点で、その使途目的が記された書類が必要とされていた。

本件大学の後援会会計規程には、会計に関する会計伝票及び証拠書類の保存期間は一〇年間とする旨の定めがある。会計検査院は、昭和五九年七月三日、四日及び五日、本件口座も含めて、被告法人の会計書類等を調査したが、本件口座への入金等の内容を証明する証票はほとんど発見されなかった。

e 本件七〇万円は株式会社地崎工業から被告法人に対して支払われるべき水道光熱料であった。

以上の事実の他に、(証拠略)によれば、本件告発人らは、昭和五九年四月一四日、同年六月、(ママ)同年一〇月三日、昭和六〇年五月八日の教授会において、本件口座の疑問点について取り上げたが、本件大学側の説明は、十分な事実調査に基づかない場当たり的ともいえるものであって、必ずしも一貫したものではなく、本件告発人らの疑問を深める結果となったことが認められる。以上の事実を総合すれば、本件一五八万円八八八〇円に関しては、学生からの会費を財源とする後援会の会計に属すべき金員であったところ、後援会の会計から本件大学の会計に移された後の出金についてはともかく、後援会の会計から本件大学の会計に移す際の出金について必要とされるはずの資料が存在しなかったことからすると、後援会の会計の(ママ)属すべき金員が、正規の手続きによることなく、本件口座に移されたと考えられないことはないし、本件七〇万円に関しては、明らかに被告法人の会計に属すべき金員であったところ、本件口座に入金された理由は必ずしも明らかではないということができる。さらに、本件告発人らは、本件口座の名義人であり、経理課長であった八木哲夫から、前記のとおりの供述を得ていたこと、検察審査会は、少なくとも被告大竹に対する業務上横領の事実について嫌疑不十分による不起訴を不相当とする議決を行ったことを併せ考えると、業務上横領の嫌疑について、合理的な根拠が全くなかったということはできない。

右<1>及び<2>において述べた点に加えて、(証拠・人証略)及び弁論の全趣旨によれば、本件告発人らは、原告代理人弁護士らに相談を行い、右弁護士らと検討を重ねた上で本件告発を行ったと認められること、犯罪事実の告発を行う場合、罪障(ママ)隠滅のおそれを考慮すると、被告発人本人に事情を確認することは困難といえる場合もあることから考えると、原告が、本件告発を行うにあたり、嫌疑をかけるのに相当な合理的資料があることの確認を著しく怠ったということはできない。したがって、原告の本件告発行為は、「重大な過失」によるものということはできず、就業規則六〇条六号に該当するということはできない。

(3) 原告が誣告罪で処罰されたと認めるに足りる証拠はなく、そのほかに、原告が刑法その他の諸法令に触れたと認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の行為が、就業規則六〇条八号の「刑法その他の諸法例(ママ)に触れたとき」に該当するということはできない。

(4) 就業規則六〇条三号の「他人の業務遂行を妨げた」、及び同条一一号の「不正の行為をして」とは、いずれも、故意に行われた行為ついて懲戒解雇事由とする旨の定めであると解されるところ、弁論の全趣旨によれば、原告は、本件告発にかかる犯罪事実があると信じて告発を行ったことが認められるし、前記のとおり、原告らの考えが全く不合理なものであったということはできないのであるから、原告らに未必的な故意があったと推認することもできない。したがって、原告の本件告発行為が、就業規則六〇条三号又は同条一一号に該当するということはできない。

(八) 誓約書問題

(1) 平成元年一〇月三日付けの新聞朝刊に、「問題の特別奨学金制度の適用を受けていたのはA選手(22)。A選手は、伊藤監督らと交わした誓約書については『よく覚えていない』としており、『署名は父の字ではないか』と話している。」、「日本学生野球協会では『問題がある』と判断したら調査に乗り出す考えだ。」との記事が掲載されたことは前記認定のとおりである。また、(証拠略)、被告大竹本人尋問の結果によれば、右新聞報道の前日、本件大学を訪れた新聞記者が、本件誓約書の作成経緯等について、被告大竹から取材を行ったこと、右取材の際、新聞記者の一人が、本件誓約書のコピーを示したこと、平成元年一〇月三日の本件口頭弁論期日において本件誓約書が提出される旨の発言をしたことが認められる。そして、原告代理人が、平成元年一〇月三日、本件口頭弁論期日において、本件誓約書の写しを(人証略)に示して尋問を行ったことは後記のとおりである。

しかしながら、以上の事実を総合しても、原告自身が、右新聞社等の報道機関に対して、本件誓約書の内容を情報として提供したと認めるに足りず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

(2) 原告代理人は、平成元年一〇月三日、本件口頭弁論期日において、本件誓約書の写しを(人証略)に示して尋問を行い、その後、本件誓約書の写しを、学生の名前を伏せないまま当裁判所に証拠として提出したことは、当裁判所に顕著である。

原告が、本件誓約書の写しを、学生の名前を伏せないまま裁判所に証拠として提出した行為は、右行為によって、学生の名誉を損なうおそれがあったということができるから、就業規則六〇条六号に準じて(同条一四号)、「重大な過失」の有無について判断することとする。

この点、弁論主義を前提とする民事訴訟においては、当事者に広く訴訟資料を提出する権限が認められるところ、本件誓約書の記載は、前記(七)(2)<2>、後記(3)のとおり、本件訴訟における原告側の反証にとって重要な意義を有するものであり、学生の名前についても、本件誓約書の記載として全く意義のないものであったということはできないから、原告がその訴訟代理人を通じて本件誓約書の写しを学生の名前を伏せないまま証拠として提出した行為に、「重大な過失」があったということはできず、右行為が、就業規則六〇条一四号に該当するということはできない。

(3) 原告を含めた本件大学の教員らが、平成元年一〇月六日、日本学生野球協会及び全日本大学野球連盟に対し、「このたび明るみに出た本学野球部員の『特待生問題』が『日本学生野球憲章』第十三条に抵触すると考えますので、貴協会(又は貴連盟)の審査に資するため、以下にその理由を上申いたします。」と記載され、右上申の理由として、本件誓約書に記載された学生の名前を明記する形で、当時の野球部長(被告大竹)及び野球部監督が、学生及びその父親との間で本件誓約書を取り交していたことが記載された各上申書(以下「本件各上申書」という。)を提出したこと(以下「本件各上申」という。)は前記認定のとおりである。(証拠略)、被告大竹本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

日本学生野球憲章は、学生野球の健全な発達を図ることを目的として定められた憲章であり、日本学生野球協会は、日本学生野球憲章を誠実に執行するために設けられたものである。日本学生野球憲章第二章「大学野球」中の第一三条一項には、「選手又は部員は、いかなる名義によるものであっても、他から選手又は部員であることを理由として支給され又は貸与されるものと認められる学費、生活費その他の金品を受けることができない。」との定めがあり、同憲章第二〇条には、「日本学生野球協会は、部長、監督、コーチ、選手又は部員にこの憲章の条項に反する行為があると認められるときは、審査室の議を経て、その部長、監督、コーチ、選手又は部員に対しては、警告、謹慎又は出場禁止の処置をし、その者の所属する野球部に対しては、警告、謹慎、出場禁止又は除名の処置をすることができる。」との定めがある。また、日本学生野球協会の定める審査室規程には、日本学生野球憲章第二〇条の規定に該当する事実があると認められるときは、大学野球の場合にあっては、全日本大学野球連盟がその事実を調査し、調査報告書を作成してこれにその意見を付し、審査室事務局にこれを提出して事件を具申しなければならない旨の定めがある。

全日本大学野球連盟は、本件大学の所属する北部地区大学野球連盟に対し調査及び報告を求めたうえで、平成元年一〇月三〇日、本件大学のスポーツ特待生制度が日本学生野球憲章一三条に抵触しない旨の結論を出し、日本学生野球協会に対し、右結論を報告した。

(4) 被告らは、本件各上申は、本件大学の名誉を損なうものであるから、原告が本件各上申書を提出した行為は、就業規則六〇条六号又は一四号に該当する旨主張する。

しかしながら、平成元年一〇月三日付けの新聞の朝刊において、前記のとおりの報道が行われたことに加えて、(証拠略)によれば、被告大竹が北部地区大学野球連盟会長に宛てた報告書には、平成元年一〇月三日の日付があり、「『野球憲章抵触』の報道について」との表題があること、北部地区大学野球連盟会長が全日本大学連(ママ)盟会長に宛てた報告書には、平成元年一〇月四日の日付があり、「『野球憲章抵触』の報道について」との表題があることが認められるところ、右の事実によれば、日本学生野球協会及び全日本大学野球連盟による調査は、本件各上申書が提出される以前に、前記新聞報道を契機として開始されたことが認められる。そうすると、本件大学の野球部において日本学生野球憲章一三条に抵触する行為が行われていたのではないかという問題は、前記新聞報道によって提起されたものであったというべきであって、本件各上申によって右問題が提起されたものであったということはできないのであるから、本件各上申によって、本件大学の名誉が損なわれたということはできないというべきである。したがって、被告らの主張は採用することができない。

また、仮に本件各上申によって本件大学の名誉が損なわれるおそれがあったとしても、本件誓約書の記載内容は前記のとおりのものであったことからみて、原告が、本件大学においては、本件大学の野球部での活躍を条件に、一般の学生と区別して、一部の学生に対し、特別に授業料及び入学金を免除していたと考えたことが全く不合理なものであったということはできないし、(証拠略)によれば、全日本大学野球連盟の判断は、本件奨学金給付内規の適用者の中に占める野球部員の割合から見て、本件奨学金給付内規の主たる運用が野球部員のためのものとは断言できず、決定的に憲章一三条に違反するとはいえないとしたものであると認められるところ、全日本大学野球連盟の右判断によれば、本件奨学金給付内規の運用次第によっては、憲章に違反すると判断される余地もあり得ないわけではなかったことから考えると、原告が、本件各上申を行うにあたって、本件大学の野球部において日本学生野球憲章一三条に抵触する行為が行われていたという疑いについて、相当な合理的資料を有することの確認を著しく怠ったということはできないから、原告による本件各上申は、「重大な過失」によるものということはできず、就業規則六〇条六号又は一四号に該当するということはできない。

(5) 被告らは、原告が、本件誓約書を、昭和六一年ころに入手したにもかかわらず、教授会等本件大学の内部において、問題として取り上げることなく、当裁判所に誓約書を証拠として提出し、本件各上申書を提出した行為は、本件教授会要綱に違反するとともに、本件大学及びその構成員に対する著しい背信行為であり、就業規則六〇条六号、一一号、一四号に該当する旨主張する。

この点、本件教授会要綱の定めは、後記とおりのものであるところ、本件誓約書の内容が、教授会において審議されたものでないことは明らかであるから、本件各上申書の提出行為が、本件教授会要綱に違反するということはできない。

ところで、原告は、昭和六一年六月末ころには、本件誓約書を入手していたことは前記認定のとおりであり、(証拠略)、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件誓約書の存在を教授会で取り上げることなく、誓約書を証拠として提出し、本件各上申を行ったことが認められるところ、本件誓約書は、その文言上、本件大学の野球部部長(被告大竹)及び野球部監督と当時本件大学に在学中の学生との間で取り交された文書であるから、原告は、まず教授会等本件大学の内部において問題として取り上げるのが相当であったということができ、原告が、本件誓約書について何ら教授会等で取り上げないまま、誓約書を証拠として提出し、本件各上申に及んだ行為は、必ずしも相当な行為であったということはできない。

しかしながら、前記のとおり、原告及び本件告発を行った本件大学の教授らは、従前、本件大学の教授会で、スポーツ特待生問題について取り上げてきたにもかかわらず、本件大学側からは、本件奨学金給付内規の存在について何ら説明されなかったという経緯があること、弁論の全趣旨によれば、本件奨学金給付内規の存在が示された後においても、本件大学側からは、その運用実態等について必ずしも十分な説明がなされなかったと認められることから考えると、原告が、本件誓約書の問題を教授会等で取り上げたとしても、本件大学側から必ずしも当を得た回答を得られないと考えたことにも、あながち非難できない側面があるということができるし、加えて、本件誓約書は、本件告発のうち背任の嫌疑にかかる犯罪事実と全く無関係のものであったとはいえないことから考えると、本件誓約書の問題を教授会において取り上げなかったことが、原告の著しい落ち度に当たるとまでいうことはできない。

したがって、原告が、本件誓約書の問題について、教授会等本件大学の内部において取り上げることなく、当裁判所に誓約書を証拠として提出し、本件各上申書を提出した行為が、就業規則六〇条六号、一一号又は一四号に該当するということはできない。

(5)(ママ) 原告が、本件誓約書に記載された学生の名前を、本件各上申書に明記して、本件各上申書を提出した点について判断する。

この点、本件各上申書の提出先である全日本学生野球連盟は営利等を目的としない準公的な機関であり、(証拠略)によれば、日本学生野球協会の定める審査室規程には審査室の議事は公開しない旨の定めがあると認められることから考えると、原告の右行為によって、学生の名誉が公然に損なわれたと認めるに足りない。

また、仮に、原告の右行為によって学生の名誉が損なわれるおそれがあったとしても、右に述べたところによれば、原告が、日本学生野球協会又は全日本学生野球連盟が本件誓約書の内容を外部に漏らすことはないと考えたことが、不合理なものであったということはできないし、日本学生協(ママ)会及び全日本学生野球連盟が、憲章違反の有無の審査及び調査をするうえで、誓約書に記載された学生の名前が意義を有しないものであったということもできないから、原告の右行為に、「重大な過失」があったということはできない。

したがって、原告が、本件誓約書に記載された学生の名前を、本件各上申書に明記して、本件各上申書を提出した行為が、就業規則六〇条六号、一一号又は一四号に該当するということはできない。

(九) 本件各注意事項を遵守しなかったこと

被告佐々木が、昭和六二年四月九日、学長室において、原告に対し、本件各注意事項を言い渡したと認められることは、前記認定のとおりであり、右の認定を覆すに足りる証拠はない。

被告らは、原告が本件告発を行ったことは、本件各注意事項に違反する行為に当たる旨主張するが、本件各注意事項が言い渡されるに至った経緯から考えて、本件各注意事項における「マスコミその他」に検察庁が含まれないことは明(ママ)かであるし、前記のとおり、本件告発が合理的資料のあることの確認を著しく怠ってなされたものといえない以上、「無責任な接触」にあたるということもできないから、本件告発が、本件各注意事項に違反する行為に当たるということはできない。

また、本件各停止処分の以後、原告がマスコミ等と接触したと認めるに足りる証拠はない。さらに、前記認定のとおり、原告は、本件各注意事項の言渡の後、ほぼ間もなく研究室の移転に着手している。

以上によれば、原告が、本件各停止処分の以後、出勤カードにまとめて押印していた行為の他に、本件注意事項に違反する行為を行ったと認めることはできないところ、原告が出勤カードにまとめて押印していた行為が、就業規則六〇条一〇号に該当しないことは前記のとおりである。

4 懲戒解雇権の濫用について

原告が、昭和六三年三月二四日(木)から同年四月七日(木)までの期間、平成元年三月二四日(金)から同年四月八日(土)までの期間について、正当な理由なく欠勤したことは、前記のとおり、形式的にみると就業規則六〇条二号に該当する。

しかしながら、前記のとおり、昭和六三年三月二四日(木)から同年四月七日(木)までの期間、及び平成元年三月二四日(金)から同年四月八日(土)までの期間においては、原告の担当すべき講義及び原告の出席すべき教授会はなかったものということができ、原告が右の期間欠勤したことによって、被告法人の業務に特段の支障が生じたということはできないのであるから、原告が出勤カードにまとめて捺印していたことその他すべての情状を考慮したとしても、原告を懲戒解雇に処することは、懲戒処分としてなお重きに失するものというべきである。したがって、本件懲戒解雇は、懲戒解雇権の濫用に当たるものというべきである。

5 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、本件懲戒解雇は無効というべきである。

二  原告の賃金支払請求について判断する。

1 以下の事実は当事者間に争いがない。

(一) 被告法人は、本件大学の教員らに対し、毎月二一日、基本給として一定の金員を支払っている。基本給は、本件大学の教員らの賃金に当たる。被告法人は、原告に対し、本件懲戒解雇当時、基本給として、毎月三三万二九〇〇円の金員を支払っていた。被告法人においては、基本給については、毎年四月に昇級することを例としており、右昇級の例によれば、被告法人が原告に対して支払うべき基本給の具体的な金額は、本件懲戒解雇以降平成八年一月までの間においては、別紙1ないし7の「基本給」欄記載のとおりであり、平成八年二月以降においては、毎月二一日限り四三万三六〇〇円である。

(二) 被告法人は、本件大学の教員らに対し、期末手当として、毎年三月一五日に、基本給の一か月分、六月一五日に基本給の一・九か月分、一二月一五日に基本給の二・九か月分の金員を支払っている。期末手当は、本件大学の教員らの賃金に当たる。被告法人が原告に対して支払うべき期末手当の具体的な金額は、本件懲戒解雇以降平成八年一月までの間においては、別紙9の「期末手当」欄記載のとおりであり、平成八年二月以降においては、毎年三月一五日限り四三万三六〇〇円、毎年六月一五日限り八二万三八四〇円及び毎年一二月一五日限り一二五万七四四〇円である。

(三) 被告法人は、本件大学の教員らに対し、寒冷地手当として、毎年八月二一日に、基本給に扶養手当を加え、一・五を乗じ、三万六一〇〇円を加えた額の金員を支払っている。寒冷地手当は、本件大学の教員らの賃金に当たる。被告法人が原告に対して支払うべき寒冷地手当の具体的な金額は、本件懲戒解雇以降平成八年一月までの間においては、別紙1ないし7の「寒冷地手当」欄記載のとおりであり、平成八年二月以降においては、毎年八月二一日限り一一万四四〇二円である。

(四) 被告法人は、本件大学の教員らに対し、調整手当として、平成二年四月以降、毎月基本給の三パーセントの金員を支払っている。調整手当は、本件大学の教員らの賃金に当たる。被告法人が原告に対して支払うべき調整手当の具体的な金額は、本件懲戒解雇以降平成八年一月までの間においては、別紙1ないし7の「調整手当」欄記載のとおりであり、平成八年二月以降においては、毎月二一日限り一万三〇〇八円である。

(五) 被告法人は、本件大学の教員らに対し、住宅手当として、平成二年三月まで毎月一万三〇〇〇円、平成二年四月以後は毎月一万五〇〇〇円の金員を支払っている。住宅手当は、本件大学の教員らの賃金に当たる。被告法人が原告に対して支払うべき住宅手当の具体的な金額は、本件懲戒解雇以降平成八年一月までの間においては、別紙1ないし7の「住宅手当」欄記載のとおりであり、平成八年二月以降においては、毎月二一日限り一万五〇〇〇円である。

(六) 被告法人は、本件大学の教員らに対し、扶養手当として、平成三年三月までは、毎月、配偶者につき一万六〇〇〇円、子供一名につき四五〇〇円の金員を支払っており、平成三年四月以後は、毎月、配偶者につき一万六〇〇〇円、子供一名につき五五〇〇円の金員を支払っている。扶養手当は、本件大学の教員らの賃金に当たる。原告には、扶養家族として、配偶者と子供二人がいる。被告法人が原告に対して支払うべき扶養手当の具体的な金額は、本件懲戒解雇以降平成八年一月までの間においては、別紙1ないし7の「扶養手当」欄記載のとおりであり、平成八年二月以降においては、毎月二一日限り二万七〇〇〇円である。

2 そうすると、本件懲戒解雇が無効であることは前示のとおりであるから、原告は、被告法人に対し、以下の各権利を有することになる。

(一) 本件懲戒解雇以降平成八年一月までの間において、別紙1ないし7の「基本給」、「寒冷地手当」、「調整手当」、「住宅手当」及び「扶養手当」欄記載の額の金員(右各金員の合計額は、別紙8記載のとおりである。)、並びに別紙9の「期末手当」欄記載の額の金員を、右各別紙の「支払日」欄記載の日に、賃金として支払うことを請求する権利。

(二) 平成八年二月から本判決確定の日まで、基本給、調整手当、住宅手当及び扶養手当の合計として、毎月二一日限り四八万八六〇八円、寒冷地手当として、毎年八月二一日限り一一万四四〇二円、期末手当として、毎年三月一五日限り四三万三六〇〇円(基本給の一か月分)、毎年六月一五日限り八二万三八四〇円(基本給の一・九か月分)、毎年一二月一五日限り一二五万七四四〇円(基本給の二・九か月分)を、いずれも賃金として支払うことを請求する権利。

3 勤勉手当について

(証拠略)によれば、被告法人の給与規程には、「勤勉手当は一・二か月分とし、その中〇・六か月分については、その額を超えない範囲で、勤務成績によって支給する。」との定めがあることが認められ、被告法人は、本件大学の教員らに対し、勤勉手当として、毎年六月一五日に基本給の〇・六か月分、一二月一五日に基本給の〇・六か月分(合わせて一年当たり基本給の一・二か月分)の各金員を支払っていることは当事者間に争いがない。そうすると、勤勉手当のうち、少なくともその半分に当たる基本給の〇・六か月分の金員(一年当たり)については、被告法人の給与規程によって機械的に額が定まるものであって、被告法人の査定によって減額を受けるものではないということができるから、原告は、被告法人に対し、賃金として支払うことを請求する権利を有するということができる。被告らは、原告は本件大学に出勤しておらず、本件大学において何らの仕事もしていないのであるから、原告に対して勤勉手当を支払う義務は生じない旨主張するが、原告が本件大学に出勤していないのは、原告に対する本件懲戒解雇によるものであるところ、本件懲戒解雇が無効であることは前記のとおりであるから、被告らの主張は採用することができない。

これに対し、勤勉手当のうち、その余の半分に当たる基本給の〇・六か月分の金員(一年当たり)については、被告法人の給与規程によって、勤務成績によって支給される旨の定めがあることから、被告法人の査定にかかるものであるということができるところ、本件では、原告は懲戒解雇されたため、被告法人による査定は行われていない。こうした場合、特別の事情がない限り、平均査定額の限度において、賃金として支払を請求する権利が発生すると考える余地があるとしても、本件では、原告は、本件各停止処分を受けているところ、後記のとおり、本件各停止処分はいずれも有効であること、原告は、本件懲戒解雇に至るまでの間、本件大学の再三の注意にもかかわらず、出勤カードへの捺印のまとめ押しを続けていたことから考えると、被告法人において、原告の勤勉手当を減額査定する特別の事情があるということができる。したがって、本件においては、被告法人の査定にかかる部分について、賃金として支払を請求する権利は発生しないものというべきである。

以上によれば、原告は、被告法人に対し、本件懲戒解雇以後平成八年一月までの間において、別紙9の「勤勉手当」欄記載の額から、同「勤勉手当のうち査定にかかる額」欄記載の額を差し引いた金額の各金員を、同「同支払日」欄記載の日に、賃金として支払うことを請求する権利を有すること、並びに、平成八年二月から本判決確定の日まで、毎年六月一五日限り一三万〇〇八〇円(基本給の〇・三か月分)、毎年一二月一五日限り一三万〇〇八〇円(基本給の〇・三か月分)の各金員を賃金として支払うことを請求する権利を有することが認められる。

4 通勤手当について

通勤手当は、一般に、具体的な通勤に要する運賃相当額が支給されるものであり、いわば実費補償としての性格を有するものであることから、通勤に要する運賃相当額とは無関係に一定の額が支給されている等の事情のない限り、現実に通勤をせず、実費としての通勤に要する費用を負担していない労働者にまで支給されることを予定しているものということはできない。

被告法人は、本件大学の教員らに対し、通勤手当として、毎月、通勤定期代相当額を支給していることは当事者間に争いがないから、被告法人においては、現実の通勤に要する通勤定期代等に応じて、運賃相当額の通勤手当が支給されているということができる。したがって、被告法人において支給される通勤手当は、実費補償としての性格を有するものである。

そうすると、原告は、本件懲戒解雇後は、労務の提供を拒絶されており、本件大学に現実に通勤していないのであるから、被告法人に対し、通勤手当の支給を求める権利を有しないものというべきである。

5 研究費について

(証拠略)によれば、被告法人の研究費補助事業取扱規程には、研究費の範囲、研究費の限度額、研究費補助事業の会計年度、研究旅費にかかる項目、研究経費にかかる項目及び研究旅費計算基準等が定められており、右研究費は、具体的な研究に現に要した費用であり、かつ、右規程の定める項目等に該当する費用であると認められるところ、原告が、現に行った具体的研究、右研究に要した費用及び右費用が右規程の定める項目等に該当することを認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告が具体的な研究費の支給を求める権利を有するとは認められない。

三  被告佐々木、同萩野及び同大竹に対する慰謝料支払請求について判断する。

原告は、被告萩野及び同大竹は、共謀の上、資料を作成して、懲戒解雇事由をねつ造し、被告佐々木は、右資料に基づき、本件懲戒解雇に賛成する教授会決議をなさしめた旨主張するので、平成元年一二月一三日の教授会において配布された資料によって、原告に対する懲戒解雇事由がねつ造されたといえるかについて判断する。

前記のとおり、平成元年一二月一三日の教授会において配布された資料には、原告が、本件大学の業務命令、本件各停止処分及び教授会の辞職勧告決議にもかかわらず、あえて出勤簿に一括押印を続けている旨、原告が、昭和六三年三月二五日から同年四月七日までの期間、及び平成元年三月二四日から同年四月八日までの期間、本件大学を無断欠勤し、昭和六一年及び六二年の同時期にも無断欠勤した旨、原告が、野球憲章に抵触する事実がないのに、本件上申を行った旨、原告は、数年前に本件誓約書を入手していながら、教授会で釈明を求めることをせず、その内容をマスコミに流布し裁判で使用した旨の記載があった。

右の記載のうち、原告が、本件大学の業務命令、本件各停止処分及び教授会の辞職勧告決議にもかかわらず、あえて出勤簿に一括押印を続けていたこと、昭和六三年三月二五日から同年四月七日までの期間、及び平成元年三月二四日から同年四月八日までの期間、本件大学を無断欠勤し、昭和六一年及び六二年の同時期にも無断欠勤したこと、本件上申を行ったこと、数年前に本件誓約書を入手していながら、教授会で釈明を求めることをしなかったこと、本件誓約書の写しを当裁判所に提出したことは、前記のとおり、いずれも事実に合致するから、前記資料によって、右各事実がねつ造されたといえないことは明か(ママ)である。

原告が、本件誓約書の内容をマスコミに情報として提供したと認めることができないことは、前記のとおりであるが、(証拠略)によれば、前記教授会で配布された資料の中には、「平成元年一〇月三日の河北新報朝刊は、『原告側がこの契約文書(本件誓約書を指す。)のコピーを入手したもので、三日仙台地裁で開かれる口頭弁論期日で証拠として提出される。』と報道し、あわせてそのコピーを写真で掲載している。この記事から明らかなように、原告側は、入手した契約文書のコピーを事前にマスコミに配布していた。」と記載されていたことが認められ、右の事実によれば、右資料の中の「原告側は、入手した契約文書のコピーを事前にマスコミに配布していた。」との記載は、新聞報道からの推論として述べられたものであることが明らかであるところ、被告佐々木、同萩野又は同大竹が、右新聞報道がなされたという事実自体をねつ造したと認めるに足りる証拠はないから、結局、右資料によって、原告が本件誓約書の内容をマスコミに情報として提供したという事実がねつ造されたということはできない。

以上によれば、原告の不法行為の主張は理由がない。

第三結論

以上検討したところによれば、本訴請求については、その余の点について判断するまでもなく、以下のとおりの結論となる。

一  請求の趣旨第1項の請求は、前記第二、一によれば、理由があるからこれを認容する。

二  請求の趣旨第2項の請求は、前記第二、二によれば、通勤手当、研究費及び勤勉手当のうち被告法人の査定にかかる部分並びに右各金員に対する遅延損害金を請求する点については理由がないが、その余(基本給、調整手当、住宅手当、扶養手当、寒冷地手当、期末手当及び勤勉手当のうち被告法人の査定にかからない部分及びこれに対する遅延損害金)の請求をする点については理由があるから、右の限度でこれを認容する。

三  請求の趣旨第3項の請求は、

1 本判決確定の日の翌日以降に発生する賃金の支払請求にかかる訴えについては、前記第一によれば、不適法であるからこれを却下し、

2 本件口頭弁論終結の日までの間に発生した賃金の支払請求及び本件口頭弁論終結の日の翌日から本判決確定の日までの間に発生した賃金の支払請求は、前記第二、二によれば、通勤手当、研究費及び勤勉手当のうちの被告法人の査定にかかる部分を請求する点については理由がないが、その余(基本給、調整手当、住宅手当、扶養手当、寒冷地手当、期末手当及び勤勉手当のうち被告法人の査定にかからない部分)の請求をする点については理由があるから、右の限度でこれを認容する。

四  請求の趣旨第4及び5項の請求は、前記第二、三で述べたとおり、いずれも理由がないからこれを棄却する。

【B事件】

次に、B事件について判断する。

第一本案前の判断

一  請求の趣旨第1項の請求について

A事件において、被告法人及び同佐々木は、原告を懲戒解雇したと主張しており、被告法人及び同佐々木が原告を本件大学の教授会の構成員であると認めていないことは明らかであるから、現在、原告と被告法人及び同佐々木との間に、原告が本件大学の教授会の構成員であるか否かの点について争いがあるということができる。

しかしながら、被告法人及び同佐々木は、その主張によれば、原告が教授会の構成員であることを前提として、教授会の構成員に対する措置である本件教授会出席停止処分を行ったというのであるから、本件懲戒解雇の前に原告が教授会の構成員であったこと自体については当事者間に争いがないということができるところ、A事件において本件懲戒解雇が無効と判断され、雇用契約上の地位が確認されれば、原告は、当然に本件大学の教授会の構成員であることになるのであるから、原告が、A事件において雇用契約上の地位の確認を求めるほかに、B事件において教授会の構成員であることの確認を求める法律上の利益はないものというべきである。したがって、請求の趣旨第1項の請求にかかる請求は、確認の利益を欠くものというべきである。

二  被告佐々木に対する請求の趣旨第3項の請求について

請求の趣旨第3項の請求は、原告と被告法人との間における法的地位を第三者である被告佐々木との間で確認しようとするものであるところ、被告佐々木は、平成六年六月三〇日、本件大学の学長を辞任し、平成八年四月一日、被告法人の理事を退任したことは当事者間に争いがないから、原告の被告法人に対する法的地位を第三者である被告佐々木との間で確認する法律上の利益は認められない。したがって、被告佐々木に対する請求の趣旨第3項の請求にかかる訴えは、確認の利益又は被告適格を欠くものというべきである。

三  請求の趣旨第2ないし4項の請求(第3項中被告佐々木に対する請求を除く。)について

被告らは、原告に対する教授会の出席停止及び講義担当停止は、大学内部の事務的な手続の一環にすぎず、原告の法律上の地位又は権利に影響を与えるものではないから、そもそも訴訟になじまないものであると主張するので、この点について判断する。

(証拠略)によれば、被告法人の就業規則八条は、専任講師の資格を、所要の年限及び経歴を除いて教授及び助教授に準じる旨を定め、同一五条は、専任講師も含めた教員の就業時間について、研究室で研究等を行う勤務時間と、科目を担当する責任担当時間とを定めていることが認められる。右の事実によれば、研究室で研究等を行うこと、及び、科目を担当して講義を行うことは、原告にとって、雇用契約上の義務であることが認められる。また、(証拠略)によれば、本件学則九条には、教授会は、学長、教授、助教授及び講師をもって組織する旨の定めがあり、本件教授会規程二条には、教授会は、専任の教授、助教授及び講師をもって構成する旨の定めがあることが認められる。右の事実によれば、専任講師である原告が教授会に出席することは、雇用契約上の義務であることが認められる。

労働者が提供する労務は、雇用契約上の義務であって、必ずしも雇用契約上の権利であるということはできないが、就業規則等の定めをもって、雇用者と労働者との間に特段の合意がある場合には、労働者の就労は、雇用契約上の義務にとどまらず、雇用契約上の権利ともなり得るところ、右のとおり、本件大学の就業規則では、本件大学の教員が本件大学において学問研究を行うことが明確に予定されていること、大学は学術の中心として深く真理を探究することを本質とする場であり、大学の教員が大学において学問研究を行うことは一般にも当然のことと考えられていることにかんがみると、本件大学の就業規則の定めは、少なくとも本件大学の教員が本件大学において学問研究を行うことについては、それを単なる義務とする合意だけでなく、雇用契約上の権利とする旨の黙示の合意をも含むものと解釈すべきである。

そして、(証拠略)によれば、本件大学の学則一一条及び本件大学の教授会規程五条は、研究者の人事、学生の教育課程等大学に関係する重要な事項については、教授会の審議事項とする旨を定めていることが認められるところ、このように、本件大学の学則等が、研究者の人事等、大学の自治を支えるために必須な事項について、教授会に実質的な決定権や関与権を認めていることから考えると、本件大学の教授会は、大学の自治を支えるための中核的な存在であるということができるから、本件大学の教授会に出席しその審議に参加することは、本件大学において学問研究を行う者にとって、右に述べた学問研究を行う権利と密接な関係を有するということができる。したがって、原告が、教授会に出席してその議案の審議に参加することは、単なる事実上の利益又は反射的利益にとどまるということはできず、雇用契約上の法的保護に値する利益に当たるというべきである。

また、前記のとおり、本件大学の就業規則は、本件大学の教員が本件大学において講義を担当することを明確に予定しているところ、大学における研究者が、学問研究の成果の上に立って、学生に知識を授けるとともに、学生との間で対話を行うことは、学問研究を発展させるための重要な要素であるということができるから、本件大学における教員が、学生に対する講義を担当することは、右に述べた学問研究を行う権利と無関係であるということはできない。したがって、原告が、本件大学の学生に対する講義を担当することは、単なる事実上の利益又は反射的利益にとどまるということはできず、雇用契約上の法的保護に値する利益に当たるというべきである。

以上によれば、原告が教授会に出席してその審議に参加すること及び本件大学の学生に対する講義を担当することは、いずれも、被告法人との間における雇用契約上の法的利益に当たるというべきである。したがって、請求の趣旨第2ないし4項(第3項中被告佐々木に対する請求を除く。)の請求にかかる訴えは、いずれも訴えの利益があるということになる。したがって、被告らの主張は採用することができない。

四  請求の趣旨第2ないし4項(第3項中被告佐々木に対する請求を除く。)の請求について

被告らは、原告に対し、教授会への出席を認めるか否か、及び、講義を持たせるか持たせないかは、いずれも、大学内部の問題であり、しかも、いずれも、大学の自治を担う中枢機関である教授会の決議に基づく措置であるから、裁判所がその当否を判断する余地はないと主張するので、この点について判断する。

前記のとおり、原告が教授会に出席すること及び科目の講義を担当することは、いずれも、被告法人との間における雇用契約上の法的利益に当たるから、原告に対し、教授会への出席を認めるか否か、及び、講義を持たせるか持たせないかは、いずれも、原告の雇用契約上の法的利益にかかわる問題であるということができる。裁判所が大学の自治を尊重すべき場合があることは前述のとおりであるとしても、大学の自治にも一定の限界があるのであって、右に述べたとおり原告の雇用契約上の法的利益にかかわる問題である以上、原告の裁判を受ける権利にかんがみると、裁判所は一定の範囲及び限度において、実体審査を行うのが相当というべきである。したがって、被告らの主張は採用することができない。

第二本案の判断

一  原告は教授会出席等の妨害禁止、別紙担当講義目録記載の各講義を担当する地位の確認及び同講義担当の妨害禁止を求めているので、原告の教授会に出席する地位及び別紙担当講義目録記載の各講義を行う地位について判断する。

1 教授会に出席し、その審議に参加する地位

前記のとおり、原告が本件大学の教授会に出席し、その審議に参加することは、雇用契約上の法的利益に当たるから、原告の法的な地位に当たる。

2 別紙担当講義目録記載の各講義を担当する地位

本件大学における学生に対する講義の編成(講義の科目、講義の時間数、教員らのそれらの分担)は、毎年度ごとに、教務委員会が原案を作成し、教授会の審議を経て、最終的には学長が決定していることは当事者間に争いがない。また、(証拠略)、被告大竹本人尋問の結果によれば、講義の具体的な時間割については、毎年度ごとに、教授会から選出された二名の者によって調整を行った後に、学長が決定することが認められる。そうすると、原告が、本件大学の専任講師に就任した昭和五九年四月から毎年度、別紙担当講義目録記載の各講義をそれぞれ担当してきたとしても、原告が、各年度において、具体的にどのような講義を、どれだけの時間数、どのような時間割で担当するかは、右に述べた手続を経た上で決定されるものであるということができるから、本件講義担当停止処分以降の各年度における講義について、右の手続がなされていない以上、原告が、別紙担当講義目録記載の各講義を担当する地位を当然に有すると認めることはできない。

以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告が別紙担当講義目録記載の各講義を担当する地位の確認及び同講義担当の妨害禁止を求める理由はない。

二  原告は、教授会出席等の妨害禁止及び本件教授会出席停止処分によって受けた精神的損害等の賠償を求めるのに対し、被告らは、本件教授会出席停止処分は有効であり、違法ではないと主張するので、本件教授会出席停止処分の有効性について判断する。

1 本件教授会出席停止処分は、前記のとおり、教授会への出席という雇用契約上の法的利益に影響を与える処分であることから考えると、被告法人の単なる業務命令であるということはできず、雇用契約上の法的地位に影響を与える処分に当たるというべきである。したがって、右停止処分が有効であるためには、右停止処分を行う法的根拠が存在すること、処分の事由とされた事実が存在すること、右事実が処分事由に該当すること、及び、処分の手続が適正であったことが認められる必要があるというべきである。

2 大学の自治と裁判所の審査権

前記【A事件】第二、一、1で述べた観点から、裁判所の審査権の範囲について検討する。

本件大学の教授会は、前記のとおり、本件大学の自治を支える中核的な機関であることから、教授会自体の自律性が保証(ママ)されるべきところ、教授会が、その会議体における秩序を乱す構成員に対し、その会議への参加を拒むということは、教授会の自律権に関わる事項であるといえること、教授会に出席することは、前記のとおり原告の雇用契約上の法的利益に当たるが、右法的利益の性格は、学問研究を行う権利を担保する制度である大学の自治に由来する利益であって、学問研究を行う権利そのものではないことから考えると、裁判所は、事実の処分事由への該当性、処分手続の適正等、裁量又は評価を入れる余地のある問題については、教授会の判断又は処分に至る手続が明らかに不合理な場合を除いて、第一次的には教授会の判断及び処分に至る手続を尊重するのが相当というべきである。

3 処分の根拠

(一) 被告らは、本件教授会出席停止処分は、本件大学の教授会の行った処分であって、被告法人の行った処分ではない旨主張する。

(証拠略)によれば、本件大学の学則には、「本学に教授会を置く。教授会は次の事項について審議する。(1)教育課程及び試験に関すること、(2)学生の身分に関すること、(3)学則に関すること、(4)教育人事に関すること、(5)その他大学に関する重要事項」との定めがあることが認められる。そうすると、本件大学の教授会は、教員の人事等に関しては、被告法人の機関としての側面を有するということができるから、本件教授会出席停止処分の実質的な決定権限が教授会にあるとしても、その権限は被告法人の機関としての教授会に与えられたものというべきである。したがって、本件教授会出席停止処分は、被告法人が行った処分に当たるというべきであり、被告らの主張は採用することができない。

(二) 被告らは、本件教授会出席停止処分は、本件教授会要綱に基づく処分であると主張するのでこの点について判断する。

前記のとおり、昭和五九年四月一〇日から同年五月一三日までの間、新聞各紙において、スポーツ特待生問題、隠し口座問題、その他本件大学の管理運営上の問題(これらの問題を、以下「本件大学運営上の問題」という。)についての報道がされたこと、本件大学の教授会は、昭和五九年七月一一日、前記内容の本件教授会要綱を可決したこと、原告に対する教授会出席停止処分の賛否を問う教授会においては、教授会の構成員に対し、その根拠の一つとして本件教授会要綱が示されたこと、前記認定によれば、原告に対する教授会出席停止処分の賛否を問う教授会が開催されるきっかけとなったのは、スポーツ特待生問題及び隠し口座問題について記載された本件投棄文書が発見されたことであると認められることから考えると、本件教授会出席停止処分は、本件教授会要綱を根拠の一つとして行われた処分であるということができる。

(三) そこで、本件教授会要綱が、原告の雇用契約上の利益を制限するための正当な根拠となり得るかについて判断する。

大学の教授会における審議内容のうち、いずれの事項について、秘密として扱うかは、教授会の自律権に関わる問題であるということができるから、当該事項について秘密扱いとすることが、明らかに不合理なものである場合を除いて、教授会の判断を尊重するのが相当というべきである。この点、本件教授会要綱が定める守秘義務の範囲は、その文言及び成立の経緯から考えて、本件大学運営上の問題に関する教授会の審議内容について、報道機関に対する情報提供を行うことを禁じたものと解釈することができるところ、本件大学運営上の問題に関する教授会の審議内容が、そのまま報道機関に情報として提供され、その報道がなされた場合には、本件大学において動揺及び混乱が広がる場合も予想されるから、本件教授会要綱の定めが、明らかに不合理なものであるということはできない。

もっとも、一般に、懲戒処分を行う場合には、その根拠として、就業規則においてその要件及び効果が定められている必要があると解されるところ、(証拠略)によれば、被告法人の就業規則には、懲戒は、譴責、減給、昇級停止及び懲戒解雇の五種類とする旨、教職員は、右五種類に定められた以外の懲戒処分を受けることがない旨の定めがあること、本件教授会出席停止処分については就業規則に明文の定めがないことが認められる。しかしながら、前記のとおり、本件教授会出席停止処分の要件及び効果は、本件大学の教授会の自律性に関わる内容のものであることから考えると、被告法人の就業規則は、かかる処分の要件及び効果については、教授会の自主的な定めに委ねることを当然に予定しているものと解釈することができる。

ところで、本件教授会要綱には、前記のとおり、教授会出席の一時停止等を行うための要件として、「(2) 怪文書の配布や週刊誌等に対する情報提供が、もし教授会構成員から行われたするならば、」、「教授会構成員について、(2)のような事実が明らかとなった場合」と記載されている。右の記載によれば、情報提供が現に行われたことがその要件であることは明らかであるが、本件教授会要綱の制定に至る経緯、及び教授会における審議内容の秘密性は、それが外部に公表されてしまってからでは回復することができないところ、教授会出席停止処分は外部への情報提供を予め防止するという機能を有することから考えると、本件教授会要綱は、本件大学運営上の問題に関する教授会の審議内容が、教授会構成員によって報道機関に情報として提供される具体的なおそれがある場合にも、当該構成員に対し、教授会出席停止処分を行うことを予定しているものと解釈することができる。

以上によれば、教授会構成員によって、本件大学運営上の問題に関する教授会の審議内容が、報道機関に情報として提供された場合、又は報道機関に情報として提供される具体的なおそれがある場合には、本件教授会要綱を根拠として、当該構成員に対する教授会出席停止処分を行うことが許されるものというべきである。

4 処分事由に該当する事実

そこで、次に、本件教授会出席停止処分の理由として挙げられた事実の存否及び本件教授会要綱の予定する前記要件への該当性について判断する。

(一) 東北レポートの記者との接触問題

(証拠略)、原告及び被告萩野本人尋問の結果によれば、原告は、昭和六一年一二月四日午後、東北レポートの熊谷記者から「ゲラ刷りを見せたいから」と電話で呼び出され、喫茶店マリアンヌにおいて、本件大学運営上の問題について記載されたゲラ刷り原稿を前に、右記者と会ったこと、被告萩野は、右会合の現場を目撃したこと、東北レポートから「大竹榮総務部長」宛に、「贈呈」として、昭和六一年一二月四日正午から午後六時までの間に投函された封筒に入れられて、同年一二月一日付けの「グラフトウレポ」が送られてきたこと、右「グラフトウレポ」には、「あアー東北福祉大学疑惑の構図再検証」という大見出し及び「萩野浩基は諸悪の根元か」等の小見出しのついた記事が載せられていたことが認められる。

右の事実によれば、右「グラフトウレポ」は、原告が熊谷記者との右会合を行う前に、既に印刷されていたことが認められるから、原告が、右会合の現場において、熊谷記者に対して情報を提供し、その結果として、右「グラフトウレポ」の記事が掲載されたと認めることはできない。

しかしながら、原告が、東北レポートの熊谷記者から「ゲラ刷りを見せたいから」との電話で呼び出され、本件大学運営上の問題が記載されたゲラ刷り原稿を前に右記者と会合していたという事実から考えると、原告が、本件大学運営上の問題に関連して、マスコミ関係者と接触していたことが認められる。

(二) 朝日新聞の記者との接触問題

(証拠略)、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和六二年三月一九日、江陽グラウンドホテル内のロンシャンにおいて、朝日新聞の平出記者と会ったこと、本件大学の渡辺信英教授らは、右会合の現場を目撃したこと、原告らは、右渡辺らに目撃された後まもなく、レジカウンターを通らずに、テーブルの上に代金に相当する金員を置いたが、サービス料金の支払を忘れたまま、ロンシャンを出ていったことが認められる。

右の事実によれば、原告が、右会合の現場において、平出記者に対し、本件大学運営上の問題に関する何らかの情報を提供したと認めるには足りないとしても、原告が、何らかの目的で、マスコミ関係者と接触していたことが認められる。

(三) 投棄文書問題

原告が、本件投棄文書を作成し、図書館棟二階の湯沸かし場の付近のゴミ入れの中に投棄したことは当事者間に争いがない。前記認定のとおり、本件投棄文書には、欄外に「ゴチックタイトル」、「タイトルと本文との間一行アケル」、「一字下ゲ」等の記載がされた文書が含まれていたところ、(証拠略)、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和六二年四月七日の教授会において、本件投棄文書の作成目的について尋ねられたのに対し、本件大学の問題について自分の考えを整理するために作成した旨の答弁をし、本件投棄文書の中の「組版は」の記載で始まる文書は、本件大学運営上の問題に関する文書とは無関係の別の文書である旨の答弁をしたことが認められる。しかしながら、自分の考えをまとめるためのメモということであれば、欄外に「ゴチックタイトル」、「タイトルと本文との間一行アケル」、「一字下ゲ」等の記載がされていることの説明として不十分であることは明らかであり、また、右各記載は、本件大学運営上の問題に関する文書に直接書き込まれたものであるから、本件大学運営上の問題に関する文書と右記載とが無関係であるということもできない。

右の事実によれば、本件投棄文書は、本件大学運営上の問題について、外部への提出又は発表を予定して作成されたものであることが推認される。

(四) 右記(一)ないし(三)の事実を併せ考えると、原告が、本件大学運営上の問題について、報道機関に対して現に情報提供を行ったかどうかは別論として、本件教授会決議の時点において、少なくとも右のような行動を行う具体的なおそれがあったものというべきであり、本件教授会要綱の予定する前記処分事由に該当する事実があったものというべきである。

5 手続の適正

本件教授会出席停止処分の実質的な決定権限が本件大学の教授会にあることから考えると、本件教授会出席停止処分の賛否が問われた昭和六二年四月七日の教授会の召集手続又は審議手続に重大な瑕疵があった場合には、本件教授会出席停止処分の手続が明らかに不合理であったというべきことになる。

この点、(証拠略)によれば、本件大学の教授会規程には、教授会は学長が召集する旨、学長は、教授会の召集の五日前までに議案等の通知をする旨、教授会の議長は学長とする旨、学長に事故がある場合には、学長の指名する教授会の構成員にその代行をさせることができる旨、構成員の過半数を定足数とする旨の定めがあることが認められるところ、前記認定のとおり、昭和六二年四月七日の教授会の召集手続は右就業規則(ママ)の定めに則ってなされ、その出席者数は定足数を十分に満たしており、その審議時間は若干の休憩を含めて午後三時から午後八時三五分までの約五時間三〇分の間にわたっており、さらに、(証拠略)によれば、その審議においては、右記4(一)ないし(三)の各事実について、原告に対する告知が行われた上で、原告による発言の機会も与えられ、原告を擁護する立場の教員らによる意見も述べられたことが認められる。

右の事実によれば、教授会を続行するか否かについては、教授会の自主的判断によるものというべきである。また、前記のとおり、本件教授会要綱には、教授会出席停止処分を行う場合には調査委員会を設けることが望ましい旨の定めがあるが、右定めは、委員会の設置を義務付けたものとは解されないから、委員会を設置するか否かについては、なお教授会の自主的判断によるものというべきである。

なお、被告萩野が議長を代行した点に関しては、右代行は、学長であった被告佐々木の指名に基づくものであったこと、被告萩野は学長補佐の職にあったところ、(証拠略)によれば、被告法人の職制規則には、学長補佐は学長の職務を助ける旨の定めがあると認められること、被告萩野は、右教授会で取り上げられた問題に関し、本件告発問題のような直接の利害関係があったとはいえないことから考えると、被告萩野が議長を代行するか否かは、教授会の自主的判断によるものというべきである。

以上によれば、昭和六二年四月七日の教授会の召集手続又は審議手続には、重大な瑕疵がなかったということができるから、本件教授会出席処(ママ)分の手続きは適正なものであったというべきである。

6 懲戒権の濫用

原告は、原告の行状が被告らの主張するいずれかの事由に当たるとしても、それに対する処分としては、より軽い処分に処するべきであり、原告を教授会出席停止処分に処することは均衡を失する旨主張する。

しかしながら、本件大学運営上の問題について、マスコミ等に対して情報提供を行う具体的なおそれがある場合に、本件教授会要綱に基づいて教授会出席停止処分を行うことができること、原告において、右の処分事由に該当する事実が存在したと認められることは前記のとおりであるから、原告の主張は採用することができない。

7 以上によれば、本件教授会出席停止処分は有効なものであると認められるから、原告が、教授会出席等の妨害禁止を求めること、及び、本件教授会出席停止処分が違法であるとして精神的損害の賠償を求めることはいずれも理由がない。

三  講義担当停止処分について

原告は、本件講義担当停止処分によって受けた精神的損害等の賠償を求めるのに対し、被告らは、本件講義担当停止処分は有効であるから違法ではないと主張するので、本件講義担当停止処分の有効性について判断する。

1 本件講義担当停止処分は、原告に対し講義をいっさい担当させないという内容の処分であって、前記のとおり学生に対する講義の担当という雇用契約上の法的利益に影響を与える処分であることから考えると、被告法人の単なる業務命令であるということはできず、原告の雇用契約上の地位に影響を与える処分に当たるというべきである。したがって、右停止処分が有効であり、適法であるというためには、右停止処分を行う法的根拠が存在すること、処分の事由とされる事実が存在したこと、右事実が処分事由に該当すること、及び、処分の手続が適正であったことが認められる必要があるというべきである。

2 大学の自治と裁判所の審査権

前記【A事件】第二、一、1で述べた観点から、裁判所の審査権の範囲について検討する。

この点、大学の教員に対する講義の割当て自体は、大学内部の人事に関わる問題であるといえること、一般に、大学の教員の中には講義を担当しない教授等もいるのであって、講義を担当することが、学問研究を行うために必ずしも不可欠の要素であるとはいえないことから考えると、裁判所は、事実の処分事由への該当性、処分手続の適正等、裁量又は評価を入れる余地のある問題については、本件大学の判断又は処分に至る手続が明らかに不合理な場合を除いて、第一次的には本件大学の判断及び処分に至る手続を尊重するのが相当というべきである。

3 処分の根拠

(一) 被告らは、本件講義担当停止処分は、本件大学の学長の採った処分であって、被告法人の採った処分ではない旨主張する。しかしながら、(証拠略)によれば、本件大学の学長は被告法人の常務理事とされ、本件大学の教職員に対する懲戒は学長が審査の上辞令をもって行う旨の定めがあることが認められ、本件大学の学長が、被告法人の機関としての側面を有することは明らかであるから、本件講義担当停止処分は、被告法人が採った処分に当たるというべきであり、被告らの主張は採用することができない。

(二) (証拠略)によれば、学長は教員に対する懲戒を行うに当たっては教授会の意見を徴しなければならない旨の定めがあることが認められ、前記認定によれば、本件講義担当停止処分の賛否が問われた教授会においては、教授会の構成員に対し、被告法人の経営秩序に反する原告の行状及び右行状が就業規則のいずれの条項に該当するかが示されたことが認められる。右の事実によると、本件教授会出席(ママ)停止処分は、原告に対する懲戒処分として行われたものであるということができる。

前記のとおり、一般に、懲戒処分を行うためには、その根拠として就業規則においてその要件及び効果が定められていることが必要であるが、被告法人の就業規則には、懲戒は、譴責、昇級停止、減給、出勤停止及び懲戒解雇の五種類とする旨、教職員は、右五種類に定められた以外の懲戒処分を受けることがない旨の定めがあり、講義担当停止という処分については、就業規則に必ずしも明文の定めがない。

しかしながら、講義担当停止という処分は、本件大学の教員の出勤態様の中心となる学生に対する講義の担当を停止するという点において、就業規則の定める出勤停止処分と同質の内容のものであるということができ、その間の基本給等の支払を停止せず、本件大学において研究を行うことを禁止しないという点において、出勤停止処分より不利益の少ない内容のものであるということができる。したがって、少なくとも就業規則五九条の定める出勤停止処分の定める事由に該当する事実がある場合には、講義担当停止処分を行う根拠が存在したものというべきである。

4 処分事由に該当する事実

(証拠略)によれば、就業規則五九条には、以下の事実に該当するときには、情状によって、出勤停止に処する旨の定めのあることが認められる。

第一号 勤務懈怠又はしばしば学園の諸規則に違反し、学園の風紀秩序を乱したとき

第二号 正当な理由なしに欠勤引続き七日以上一五日以内に及んだとき

第三号 学園の諸規則に定める手続その他の届出を怠ったとき

第八号 その他前各号に準ずる程度の行為があったとき

そこで、講義担当停止処分の理由として挙げられた事実の存否及び右就業規則五九条の定める事由への該当性について判断する。

(一) 出勤簿の押印不実施問題

本件大学の就業規則には、日曜日、国民の祝日、夏期休日(八月一日より八月三一日まで)及び冬期休日(一二月二六日より一月五日まで)を、休日とする旨の定めがあること、就業規則には、教員は出勤の際には出講簿に捺印をしなければならない旨の定めがあること、原告は、出勤カードに出勤の都度捺印をするのではなく、何日分かをまとめて捺印していたこと、石田悟は、原告に対し、昭和六二年一月及び二月ころ、数回にわたって、出勤の際は必ず出勤簿に押印するように注意をしたこと、出勤カードには、毎月一日から一六日までのカードと、毎月一七日から末日までのカードがあり、〇・五か月ごとに新しいカードと差し替えられること、そのため、差し替え前の部分については、まとめて捺印をすることができなかったことは前記認定のとおりである。

(証拠略)によれば、原告の出勤カードには、以下の期間について、捺印がされていなかったことが認められる。(出勤カードに捺印されていない期間)

昭和五九年一二月一二日(水)から昭和六〇年一月九日(水)まで

昭和六〇年二月一日(金)から同月一六日(土)まで

同年一〇月一日(火)から同月一六日(水)まで

同年一二月一六日(月)から昭和六一年一月一六日(木)まで

昭和六一年三月一三日(木)から同年四月一六日(水)まで

同年一〇月三一日(金)から同年一一月三〇日(日)まで

同年一二月二五日(木)から昭和六二年一月三一日(土)まで

以上の事実によれば、原告が出勤カードにまとめ押しを行っていた行為及び原告が出勤カードに捺印漏れをした行為は、「しばしば学園の諸規則に違反し」に該当する。そして、原告が出勤カードにまとめ押しを行った回数は少なくないこと、原告は本件大学の注意にもかかわらず出勤カードにまとめ押しを続けていたことを考えると、原告の行為によって被告法人の業務に重大な障害が生じたとは認められないとしても、被告法人の経営秩序が害された程度は、必ずしも小さなものであったということはできない。

(二) 欠勤及び教授会欠席問題

(1) (証拠略)によれば、昭和六二年四月一〇日の教授会で問題とされた原告の「帰責事由項目」のうち、「無断長期不在」問題において、被告萩野は、原告が昭和六一年三月及び昭和六二年三月の教授会に欠席したこと、原告の出勤簿に押印されていない日が多くあることを、問題として取り上げたことが認められる。

本件大学の就業規則には、病気その他やむを得ない事由によって欠勤するとき、又は正当な理由なく教授会を欠席するときは、あらかじめその理由と予定日数を総務課に届け出なければならない旨の定め、日曜日、国民の祝日、夏期休日(八月一日より八月三一日まで)及び冬期休日(一二月二六日より一月五日まで)を、休日とする旨の定め、日曜日、国民の祝日、夏期休日(八月一日より八月三一日まで)及び冬期休日(一二月二六日より一月五日まで)を休日とする旨の定め(ママ)があることは前記のとおりである。

(2) 原告の出勤カードには、前記認定のとおり、捺印されていない日があったところ、被告らは、出講簿に捺印されていない日については、欠勤とみなされる旨主張する。しかしながら、前記のとおり、原告は出勤カードにまとめて捺印をしており、出勤カードの差し替え前の部分については、まとめて捺印をすることができなかったことから考えると、毎月一日から一六日までのカードについて一六日以前の部分に連続して捺印がない場合、及び毎月一七日から末日までのカードについて末日以前の部分に連続して捺印がない場合には、右各部分については、差し替えによって捺印ができなかったことが推認されるのであって、出勤カードに捺印されていないからといって、その日に原告が欠勤していたと推認することはできないものというべきであるから、原告の出勤カードに捺印がされていない期間のうち、昭和六〇年二月一日(金)から同月一六日(土)まで、同年一〇月一日(火)から同月一六日(水)まで、同年一二月一六日(月)から昭和六一年一月一六日(木)まで、同年一二月二五日(木)から昭和六二年一月三一日(土)までの各期間については、出勤カードに捺印されていないからといって、原告が欠勤していたと推認することはできない。また、昭和五九年一二月一二日(水)から昭和六〇年一月九日(水)までの期間については、昭和六〇年一月六日から同月九日までの日を除いて、原告が欠勤していたと推認することはできない。

(3) 昭和六一年三月一三日(木)から同年四月一六日(水)までの期間については、(証拠略)、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和六一年四月一〇日の教授会に出席したこと、昭和六一年四月一五日に研究室移転問題で図書館長と面談したことが認められるから、原告が、昭和六一年三月一三日(木)から同年四月一六日(水)までの期間すべてにわたって欠勤したと認めることはできない。しかしながら、(証拠略)、原告及び被告萩野本人尋問の結果によれば、原告は、昭和六一年三月下旬ころから同年四月上旬ころにかけて、実家の寺の法事等を手伝うために山口県の実家に帰省したこと、その間、本件大学を無断で欠勤し、同年三月二六日に開かれた学年末の定例教授会を無断で欠席したことが認められ、前記のとおり、原告が、昭和六二年、昭和六三年及び平成元年の同時期に、同様に七日間以上帰省していたことを併せ考えると、原告が、昭和六一年三月下旬ころから同年四月上旬ころにかけて、七日間以上無断で欠勤したことが認められる。

なお、原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和六一年三月二六日に開かれた学年末の定例教授会を無断欠席したことを理由に、同年六月一五日に、勤勉手当から二〇〇〇円を減給されたことが認められるところ、(証拠略)によれば、被告法人の賞与の支給に関する内規には、「教授会を無断で欠席した者に対しては一回につき二〇〇〇円を勤勉手当より減額する。」との定めがあることが認められるから、原告に対する右減給は、教授会に無断欠席した事実を、勤勉手当を減額査定する事情として考慮してなされたものであったということができる。したがって、原告は、右減額査定後の金額の限度で、賃金としての支払い請求権を有することになるから、原告に対する右減給は、懲戒である減給処分として行われたものであるということはできない。

(4) 原告は、昭和六二年三月二三日付で、同月二四日から同年四月六日までの間、帰省のため欠勤する旨の届けを、石田悟を通して総務課に提出したこと、原告は、昭和六二年三月二四日から同年四月六日までの間、実家の寺の法事等を手伝うために山口県の実家に帰省したこと、そのため、原告は、同年三月二五日の臨時教授会、同月二七日の定例教授会を欠席したことは前記認定のとおりである。

なお、仮に、昭和六二年三月二四日から同年四月六日までの間についての欠勤届が年次休暇の時期を指定する意思表示を含むものであるとしても、右意思表示が直前になされたものである点はともかくとして、前記のとおり、右の期間は、学生の卒業判定のための定例教授会が予定されており、また、本件投棄文書の発見に端を発する問題について、原告の出席を得た上で、臨時教授会を開催する必要がある期間であったことから考えると、被告法人の事業の正常な運営を妨げる場合に当たるとともに、(証拠略)によれば、被告佐々木は、学長名で、原告に対し、右欠勤届を認めることはできない旨の通知をしたことが認められ、右の事実によれば、本件大学は、原告からの年次休暇の具体的時期の指定に対して、時季変更権を行使したということができるから、年次有給休暇が成立するということはできない。

(5) 原告の前記(3)及び(4)の期間の欠勤は、いずれも、本件大学以外で研究を行う等の理由によるものでなく、実家の寺の法事等を手伝うためという私的な理由によるものであって、実家の寺の法事等を手伝う緊急の必要性があったとも認められないから、正当な理由による欠勤に当たらないことは明らかである。したがって、右各欠勤の事実は、「正当な理由なしに欠勤引続き七日以上一五日以内に及んだとき」に該当する。

また、原告の前記(3)の期間の欠勤は、何ら届出を出さずに行われたものであるから、「学園の諸規則に定める手続その他の届出を怠ったとき」に該当するということができる。

(6) (証拠略)、原告及び被告萩野本人尋問の結果によれば、教授会は、学生の進級及び卒業等に関する事項を審議すること、学長が学生の卒業を認定するためには、教授会の議を経る必要があること、本件大学の学年は四月一日に始まり、翌年三月三一日に終わること、学年末の定例教授会においては、学生の進級判定、卒業生の追加判定、聴講生の追加単位認定、その他学生が各種資格を取るための単位認定等に関する審議が予定されること、もっとも、原告が欠席した昭和六二年三月二七日の定例教授会においては、原告が与えるべき単位を取得できず進級又は卒業について問題となる学生はいなかったことが認められる。

右の事実によれば、昭和六一年三月下旬から四月上旬にかけて欠勤し、同年三月二六日の定例教授会を欠席したことについては、原告は、その連絡先について何ら届出を行っていなかったところ、右の期間は、年度末の定例教授会が予定されており、また、年度の変わり目にも当たることから、連絡先を明らかにしておくべき必要性が高い時期であったといえること、昭和六二年三月二七日の定例教授会を欠席したことについては、被告萩野をはじめ、数名の欠席者がおり、また、原告の与えるべき単位の取得に関して問題となる学生がいなかったことを考慮したとしても、学生の進級及び卒業等、学生の一身上にとって重要な意味を有する年度末の定例教授会を、前年に続いて正当な理由によらずに欠席したものであること、前記認定の事実によれば、昭和六二年三月二四日から同年四月六日までの間欠勤し、同年三月二五日の臨時教授会を欠席したことについては、右臨時教授会では、本件投棄文書の発見に端を発する問題について話し合われる予定であったところ、原告が欠席したために、実質的な審議に入ることができず、その後同年四月六日までの間、右問題を話し合うための教授会を開くことができなかったことから考えると、前記(3)及び(4)の原告の欠勤及び教授会の欠席によって、被告法人の経営秩序が害された程度は、必ずしも小さなものであったということはできない。

(三) 研究室移転拒否問題

(1) 原告は、本件大学の専任講師に採用された後、図書館棟二階にある仏教社会福祉研究所の教室を、その研究室として使用してきたこと、本件大学は、昭和六一年三月、原告の研究室を、図書館棟の中にある右教室から一号館内の教室へ移転させることとしたこと、原告は、昭和六一年四月一〇日に開かれた教授会において、昭和六一年度の学生便覧に原告の研究室として移転先が既に記載されていたこと等を取り上げ、一方的な命令には応じられない旨発言したこと、本件大学は、原告に対し、昭和六一年四月一八日、同月末日までに研究室を移転するように通知したが、原告は、同月二四日、本件大学に対し、今回の研究室移転は一方的なものであり、原告との間の十分な合意の上のものではないため、応じることができない旨通知したこと、本件大学は、原告に対し、同年五月二日、研究室の移転を速やかに行うように通知し、石田悟は、同月八日、原告の研究室の扉に「告 至急一号館第六研究室の方に移転して下さい。五月八日総務課長 川越講師殿」と記載された紙を張ったこと、本件大学は、その後も、原告に対し、度々研究室を移転するよう求めたが、原告は、昭和六二年四月まで約一年間、研究室の移転に応じなかったことは、前記認定のとおりである。

以上の事実によれば、原告は、被告法人側が、原告との間の十分な話し合いを行わないまま、研究室の移転を強行しようとしているものと考えて、被告萩野及び同大竹ら本件大学執行部のやり方に抗議するために、研究室の移転を拒否する態度に出たことが推認される。

また、(証拠・人証略)、被告萩野本人尋問の結果によれば、本件大学においては、昭和六一年七月ころから、食品労働衛生研究室の移転をめぐって、被告萩野らと食品労働衛生研究室の担当教員らとの間に、被告法人が右教員らと十分な話し合いを行わないまま右研究室の移転を強行しようとしているのではないかというトラブルがあったことが認められ、右の事実と前記の事実及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、昭和六一年七月ころからは、食品労働衛生研究室の移転問題と連動する意味も含めて、被告萩野及び同大竹ら本件大学執行部のやり方に抗議するために、研究室の移転を拒否し続けたことが推認される。

(2) 被告法人が、本件大学の教員に対して、どの研究室を使わせるかは、被告法人の施設管理権に関わる事項であるから、本来、被告法人の業務命令の範囲に含まれる事項であるということができる。したがって、研究室の移転命令に対し、移転に要する一定の期間の猶予を求めることはともかくとして、右一定の期間を越えてまで移転を拒否することは、被告法人の業務命令に違反する行為となり得る。もっとも、前記のとおり、本件大学において学問研究を行うことは、本件大学の教員の雇用契約上の権利であるところ、研究室は、本件大学において学問研究を行う中心的な場所であるから、およそ移転の必要性がないのに、恣意的な移転命令が発せられた場合、又は移転先が学問研究を行う上で特に不利益を与える場所であった場合等特段の事情がある場合には、その命令に従わないことも、正当な理由によるものということができる。

(証拠略)によれば、昭和六一年一〇月一日付けで、図書館長から本件大学に対して、図書館の職員玄関が図書館内にある教員の研究室の出入口にもなっていることから、正規の入館手続を経ずに図書館に入館することが可能になるとともに、貸出手続を経ずに図書を持ち出すことが可能になる等図書館の管理運営上の問題が生じていることを取り上げて、図書館棟全体を図書館長の看守下に置くように求める要望書が提出されたことが認められる。また、(証拠・人証略)によれば、図書館棟の構造として、夜間は、原告の研究室の側と図書閲覧室の側との間にある連絡扉を閉めることもできるが、原告の研究室の側に図書館棟二階の洗面所が配置されているため、昼間は、図書閲覧室利用者による右洗面所の利用を考えると、右連絡扉を閉めることが事実上困難であったことが認められ、前記図書館の管理運営上の問題が存在したことが認められる。

ところで、原告は、その本人尋問において、図書館長から直接要望を聞いたことはないから、図書館長から本件大学に対して図書館棟内に教員の研究室があることによって、図書館棟全体の管理上の問題がある旨の要望が出されたということは不自然である旨の供述をするが、大学の施設管理権は、被告法人にあるのであるから、図書館長が、原告本人に要望せずに、本件大学に対して要望することが不自然であるということはできない。

以上の事実及び被告萩野本人尋問の結果によれば、被告法人が原告に対して研究室の移転を求めた理由は、前記図書館棟の管理運営上の問題を解決するためであり、被告法人においては、原告に対して、研究室の移転を求めるべき理由があったことが認められる。

(証拠略)、原告本人尋問の結果によれば、原告の研究室の移転先とされた部屋は、一号館二階の第六研究室であったこと、一号館二階には他の教員らの研究室もあったが、右第六研究室は、他の教員らの研究室と比べてほぼ同等の広さの教室であったことが認められる。

以上によれば、本件では、移転に要する一定の期間を過ぎていたことは明らかであるとともに、被告法人には移転を求める理由があったこと、移転先の研究室は原告に特に不利益を与えるものでなかったことが認められ、前記特段の事情は認められないから、原告が約一年間にわたって研究室の移転を拒否し続けた行為は、被告法人の業務命令に違反するものであって、「しばしば学園の諸規則に違反し、学園の秩序を乱したとき」(就業規則五九条一項)(ママ)又は右に準じる場合(同条八号)に該当するということができる。

(3) (証拠・人証略)によれば、原告が研究室の移転を拒否している間、他の教員の中からは原告が二つの研究室を持っている旨の苦情が出されたこと、そのころ、心理学科においては、原告の研究室であった教室よりも狭い教室を実験演習室として使用していたところ、図書館棟二階の原告の研究室であった教室は、原告が研究室を移転した後、仏教社会福祉研究所の教室と、仏教専修科の教室との二つに区切られ、原告の研究室の隣にあった仏教社会教育研究所の教室は、心理学実験演習室の教室とされたことが認められる。

右の事実によれば、原告が図書館棟にある研究室を明け渡さないことによって、その間、図書館の管理運営上の支障が残ったのみならず、原告のために用意された移転先の研究室は空室のままとせざるを得ず、また、図書館棟にあった原告の研究室を有効利用することもできず、結局、被告法人の施設運用に非効率的な結果を生じさせたということができる。

したがって、原告による研究室移転拒否は、度重なる業務命令にもかかわらず、あえて行われたものであったこと、その結果、右のとおり被告法人の施設運用に影響を与えたことから考えて、原告の行為によって、被告法人の経営秩序が害された程度は、大きなものであったということができる。

(四) 前記(三)の事実に、前記(一)及び(二)の事実を併せ考えると、原告を出勤停止処分に処するだけの情状に該当する事実があったものというべきであり、就業規則五九条の定める出勤停止処分の事由に該当する事実があったということができる。

5 手続の適正

本件講義担当停止処分は、本件大学の教員の人事にかかわる処分であるから、本件大学の自治の中核的な機関である教授会に、その実質的な決定権限があるということができる。したがって、本件講義担当停止処分の賛否が問われた昭和六二年四月七日の教授会の召集手続又は審議手続に重大な瑕疵があった場合には、本件講義担当停止処分の手続は明らかに不合理なものであったということができるところ、(証拠略)によれば、その審議においては、前記4(一)ないし(三)の各事実について、原告に対する告知が行われた上で、原告による発言の機会も与えられ、原告を擁護する立場の教員らによる意見も述べられたことが認められるし、右教授会の召集手続及びその余の審議手続に重大な瑕疵がなかったことは前記のとおりであるから、本件講義担当停止処分の手続は、適正なものであったということができる。

6 懲戒権の濫用

原告は、原告の行状が、被告らが主張するいずれかの事由に当たるとしても、それに対する処分としては、より軽い処分に処するべきであり、原告を講義担当停止処分に処することは均衡を失する旨主張する。

しかしながら、情状も含めて、出勤停止処分の事由に該当する事実があったといえることは前記のとおりであるから、原告の主張は採用することができない。

7 以上によれば、本件講義担当停止処分は有効なものであったと認められるから、原告が、本件講義担当停止処分が違法であったとして精神的損害の賠償を求めることは理由がない。

四  勤勉手当減額処分による損害賠償支払請求について判断する。

被告法人は、原告に対し、毎年六月一五日に基本給の〇・六か月分、一二月一五日に基本給の〇・六か月分の各金員(一年当たり基本給の一・二か月分の金員)を、それぞれ勤勉手当として支払うこと、昭和六二年六月から平成元年一二月までの間における、原告に対する右各金員の具体的な額は、別紙11の「勤勉手当」欄記載のとおりであること、及び、被告法人は、原告に対し、別紙11の「支払日」欄記載の各日に、同別紙の「勤勉手当」欄記載の各金員(各基本給の〇・六か月分の金員)のうち、同別紙の「支給金額」欄記載の各金員(各基本給の〇・三か月分の金員)を支払ったが、同別紙の「不足金額」欄記載の金員(各基本給のその余の〇・三か月分の金員)を支払わなかったことは当事者間に争いがない。右の事実によれば、被告法人は、原告に対し、昭和六二年六月一五日から平成元年一二月一五日までの間に支払う各勤勉手当のうち、各半分に当たる金額を、減額査定したことが認められる。

また、被告法人の給与規程には、勤勉手当は一・二か月分とする旨の定めがあり、被告法人の給与規程には、勤勉手当のうち〇・六か月分(前記一・二か月分の半分に当たる。)については、その額を超えない範囲で、勤務成績によって支給する旨の定めがあること、勤勉手当のうち、その半分に当たる基本給の〇・六か月分の金員(一年当たり)については、被告法人の査定にかかるものであることは前記のとおりである。

右被告法人の査定にかかる部分に関して、被告法人において、減額査定を行うべき特別の事情がないにもかかわらず、減額査定を行った場合には、平均査定額を下回る減額相当額について、不法行為に基づく損害として賠償責任が認められると考える余地があるとしても、本件では、原告は、本件各停止処分を受けており、前記のとおり、右各停止処分はいずれも有効であること、原告は、本件各停止処分の後、本件大学の再三の注意にもかかわらず、出勤カードへの捺印のまとめ押しを続けていたことから考えると、被告法人において、原告の勤勉手当を減額査定する特別の事情があったということができるから、いずれにしても、勤勉手当の減額査定について、不法行為が成立するということはできない。

以上によれば、原告が、被告法人に対して、減額を受けた勤勉手当相当額の損害賠償を求めることは理由がない。

五  被告法人に対する名誉回復のための謝罪請求について判断する。

昭和六二年四月七日の教授会において、原告の行状として、教授会欠席、無断長期欠勤、研究室の移転拒否、研究室の移転命令書の破棄、出勤簿の押印不実施、肩書きを詐称して日刊スポーツに電話、東北レポートの記者との会合、朝日新聞の記者との会合、本件投棄文書の発見等に関する各問題が取り上げられたことは前記のとおりである。

教授会で指摘された原告の行状のうち、原告が教授会に欠席したこと、原告が出勤簿にまとめ押しを行っていたこと、原告が新聞記者と接触したこと、原告が本件投棄文書を作成して投棄したこと、原告が研究室の移転を拒否したことは、前記のとおり、いずれも事実と合致するので、その余の点について検討する。

(一) 無断長期欠勤問題について

(証拠略)によれば、被告萩野は、出勤簿に押印がない事実を指摘した上で、出勤簿に押印がないと欠勤とみなさざるを得ない旨の発言を行ったことが認められる。しかしながら、(証拠略)によれば、本件資料集には、原告の出勤カードの写しが含まれていたことが認められ、被告萩野の発言は、原告の出勤カードに記載された事実(出勤簿に押印がないこと)を述べたうえで、それに基づく推論として、無断長期欠勤の事実を述べたものにすぎないことが認められるから、被告萩野の右発言について、何ら根拠がなかったということはできない。

(二) 新聞記者との会合問題について

(証拠略)によれば、被告萩野は、新聞記者との会合問題に関して、原告がマスコミの記者に対して情報を流したかのように受け取れる発言を行ったことが認められるが、原告がマスコミ関係者と接触していた現場を目撃されたことは前記のとおりであって、被告萩野の右発言は、右目撃状況からの推論として述べられたものであるから、被告萩野の右発言について、何ら根拠がなかったということはできない。

(三) 肩書き詐称問題について

(証拠略)によれば、被告萩野は、教授会において、「川越講師は、前回の大学側の説明に納得せず、大学の広報担当の川越だがと肩書きを詐取して、日刊スポーツに問い合わせていることは大変重要なことです。」と発言したことが認められる。

(証拠略)、原告本人尋問の結果によれば、昭和六一年一二月二六日発刊の日刊スポーツ新聞に、本件大学の推薦入試による合格者のうち有力なスポーツ選手とされる三七名の氏名が掲載されたこと、原告は、昭和六二年三月一〇日ころ、日刊スポーツ新聞の織田記者に対して、右合格者の氏名を知った経緯について問い合わせの電話をしたことが認められるが、原告本人の陳述書(<証拠略>)中の右織田記者との会話テープの反訳によれば、原告が、織田記者との右電話において、「本件大学の広報担当の川越」である旨の発言をしていなかったことが認められる。

しかしながら、日刊スポーツ新聞社東北支社の笹森文彦作成名義の本件大学宛の文書(<証拠略>)には、「貴校の広報担当・川越氏から取材経過に関する問い合わせをいただいた」との記載があることが認められ、右文書の作成の真正について、特に疑問とされる資料はないうえ、前記のとおり、原告がマスコミ関係者と接触していたことをも勘案すると、被告萩野の前記発言について、何ら根拠がなかったということはできない。

(四) 研究室の移転命令書の破棄問題について

(証拠略)によれば、本件資料集の中には、「川越講師は、学校側が用意し掲示した表示板を自らとりはずし、従来使用してきた図書館内の旧研究室に取りつけてしまった。また、新研究室のドアに、『川越研究室に御用の方は図書館二階へおいで下さい』なる文書を勝手に貼付した。」、「大学側が旧研究室に貼付した移転命令書を許可なく破棄してしまった。」との記載があることが認められ、被告萩野は、教授会において、原告が大学側の準備した新研究室のプレートをはずし旧研究室に持っていった旨の発言をしたことが認められる。

石田悟が、昭和六一年五月八日、図書館棟にあった原告の研究室の扉に「告 至急一号館第六研究室の方に移転して下さい。五月八日 総務課長川越講師殿」と記載された紙を張ったことは前記のとおりである。(証拠略)によれば、原告が、図書館棟の研究室の扉に張られた右紙をはずしたこと、一号館第六研究室の扉に「川越研究室に御用の方は図書館二階へおいで下さい」と記載された文書を張ったこと、一号館第六研究室のプレートがはずされていたことは、いずれも事実に合致すると認められるが、原告が、右プレートをはずして旧研究室に持っていったことが事実に合致すると認めるに足りる証拠はない。

しかしながら、前記のとおり、当時、原告が一号館第六研究室への移転を拒否していたことから考えると、本件資料集の前記記載及び被告萩野の前記発言について、何ら根拠がなかったということはできない。

以上検討した点に加えて、教授会において、どのような言動が許容されるかは、教授会の自律性にかかわる問題であるといえること、被告萩野の言動は、教授会の議題に関するものであったこと、及び、被告萩野の言動は、教授会内部におけるものであって、公然性の少ないものであったといえることを総合して考えると、被告萩野の言動が、原告の名誉を侵害する違法なものであったと評価することはできないものというべきである。

以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告が、被告法人に対して、不法行為に基づき、名誉回復のための謝罪を求める理由はない。

第三結論

以上検討したところによれば、本訴請求については、その余の点について判断するまでもなく、次のとおりの結論となる。

一  請求の趣旨第1項の請求にかかる訴えは、第一、一によれば、いずれも不適法であるからこれを却下する。

二  請求の趣旨第2項の請求は、前記第二、二で述べたとおり、いずれも理由がないからこれを棄却する。

三  請求の趣旨第3項の請求のうち、被告佐々木に対する請求にかかる訴えは、前記第一、二によれば、不適法であるからこれを却下し、被告法人に対する請求は、前記第二、一、2で述べたとおり、理由がないからこれを棄却する。

四  請求の趣旨第4項の請求は、前記第二、一、2で述べたとおり、いずれも理由がないからこれを棄却する。

五  請求の趣旨第5項の請求は、前記第二、四で述べたとおり、理由がないからこれを棄却する。

六  請求の趣旨第6項の請求は、前記第二、二及び三で述べたとおり、いずれも理由がないからこれを棄却する。

七  請求の趣旨第7項の請求は、前記第二、五で述べたとおり、理由がないからこれを棄却する。

【A・B事件】

よって、主文のとおり判決する。なお、仮執行免脱宣言については、相当でないからこれを付さない。

(裁判長裁判官 石井彦壽 裁判官 石川重弘 裁判官峯俊之は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 石井彦壽)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例